僕の輝かしい暗黒時代

阿波野治

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 レイは小さく頭を振った。自分を責める発言に対して、「それは違う」と反論したかったらしいが、声は発せられなかった。まるで教室でのしゃべれない僕が乗り移ったみたいだった。

「話ができる相手もいるんだよ。数は少ないけどゼロ人じゃない。たとえば進藤さんとは、こうして普通に会話できているよね。自分の親とも――中二のときから関係がぎくしゃくしているから、気持ちよく話せてはいないけど、意思疎通に関してはおおむね問題ない。
 でも、それ以外の人たちに対しては難しいんだ。全然思うようにしゃべれない。僕という人間をどれくらい知っているかとか、いい人そうだとかそうではないとか、性別とか社会的地位とか頭のよさとか。なんらかの基準があるわけじゃなくて、とにかく話せない人にはまったく話せないんだ。進藤さんと両親の共通点を挙げると、物心ついたときから近くにいる人、ということになるのかな。
 でも、自宅の近所に住んでいる人相手には、いつまで経っても、あいさつをされても会釈を返すくらいしかできない。進藤さんとは昔から普通に話せていたし、今も現在進行形で打ち解けているんだけど、なんでも気軽に話せる関係ではないよね。親とだって、会話の内容によっては喉が塞がったみたいになるし」

 コンビニで弁当を買うと、店員の「温めますか?」の問いかけにまともに返事ができないので、サンドイッチやおにぎりばかり買っていること。
 通行人のおばあさんに道をたずねられたさいに、正しい道順を教えてあげることも、「分かりません」で逃げることもできずにフリーズしてしまい、「急に呼び止めて迷惑をかけた」と謝罪され、おばあさんが感じている以上に申し訳ない気持ちになったこと。
 国語教師に設問の解答を述べるように求められて起立したが、長い説明を要するものだったので、途中で声が出なくなってしまい、出だしは順調だっただけに怪訝がられ、いくら促されてもどうしても続きを言うことができず、ふざけていると見なされて厳しい言葉をかけられたこと。

 駆け足気味ながらも、いくつかの具体的なエピソードを語っていく。
 レイは軽い腹痛にさいなまれているような顔でそれを聞いている。僕のどうしようもない本質を、話を聞けば聞くほど理解していっているのは一目瞭然だ。
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