僕の輝かしい暗黒時代

阿波野治

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 六月もゴールテープを目前に控えていた。梅雨の中休みにあたる時季で、やたら暑かった記憶がある。

「やあ」
 いつものように気さくに片手を上げて、レイは僕の前に姿を見せた。
 ペースは落ちても、二人で過ごすときの彼女の態度に変化はない。僕にとってはほっとひと息つける事実であると同時に、かすかなさびしさを催す事実でもある。そっけなくなったわけではないが、貴重さを増した二人きりの時間を噛みしめようという姿勢を見せてもいないのだから。

 朝から部屋の窓を開け放っている甲斐なく、室内は蒸し暑かった。部屋にはもちろんエアコンが備わっているが、今年はまだ一度も世話になっていない。曽我家では、冷房をつけるのは七月に入ってからというルールがあり、僕は遵守していた。
 レイは「暑い」と一言こぼし、氷入りのカルピスを一気にグラスの半分以上飲んだ。僕はすかさずおかわりを注いだ。レイのためならルールを破ってもいいと思ったが、彼女が口にした「暑い」は、その対応を要求するために発せられたものではないと分かっているので、リモコンには手を伸ばさない。親しく付き合いはじめて九か月が経ち、言動にこめられたニュアンスも苦もなく汲めるようになっていた。

 二人になって早々、「実は相談したいことがあって……」と切り出すのは嫌だった。その目的のためだけに招き入れたようで、レイに失礼だと思ったからだ。理想としては、普段どおり他愛もない話をしているさなかに、さり気なく本題に移行したい。
 ただ、いざ普段どおりに身を任せてみて分かったことだが、普段どおりを崩すきっかけとなる綻びを見つけるのは難しい。あっという間に五分が経ち、十分が経過した。

 きっかけとなったのは、風だった。蒸し暑い空気が蔓延する部屋に、一か月も二か月も季節を遡らせたかのような一陣の涼風が、純白のカーテンを柔らかく揺らしながら吹きこんできたのだ。
 僕は顔を上げた。目の端に映るレイは、床にうつぶせに寝そべって漫画のページに目を落としている。ショートヘアが気持ちよさそうにそよいでいる。
 それを見て、僕は深く悩みすぎていたのだと気がついた。
 悩むだけで手いっぱいなのだから、悩みをどう切り出すかに悩むのはやめよう。先へ進もう。そう気持ちを切り替えられた。

「そういえば、高卒認定試験が八月にあるって、進藤さんには言っていたかな」
 レイは双眸を少し大きくして僕を見た。寝そべったまま漫画を床に伏せ、
「夏にあるとは聞いていたけど、八月って聞いたのは初めてかな。もう二か月を切ったんだね」
「うん。気候も夏らしくなってきて、いよいよって感じ」
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