僕の輝かしい暗黒時代

阿波野治

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「積もるかな」
 一滴の雫をそっと落とすようにレイがつぶやいた。世界の静けさを心の芯から実感し、その価値を尊重している声音だ。

「どうだろう。未来のことは分からないよ」
「そうだね。それもそうだ」
 窓ガラスからレイの指がそっと離れる。僕を横目に見る。返答を促したようにも見えたが、彼女は自ら語を継いだ。

「関係ないよね。ずっと家にいるんだから、積もろうが積もるまいが」
「えっ?」
「あたしのこと。秋の雨の日に言ったよね、用もないのに外に出るのは嫌だって。ようするに、ひきこもりがちなのは曽我だけじゃないってこと」

 ひきこもり。
 どちらかの口からその言葉が出るとき、僕はいつも、自分のことを言っているのだと自動的に思ってきた。しかし、そうではなかった。
 まったく外に出ないわけではないが、極力出ようとしない――。
 その条件には進藤レイも当てはまるのだと、彼女の発言を聞いて初めて気がついた。
 レイは毎日高校に通っているから、狭義のひきこもりには該当しない。だとしても、見逃せない共通点だと思った。軽視できない現実だと感じた。

 再び沈黙が降りてから五分が過ぎた。僕たちは依然として直立不動だ。沈黙の中、制限時間いっぱいまで雪が降る光景を眺めることになるのではないか。そんな予感さえ僕は抱いた。
 僕たちが暮らす町では降雪はめったになく、積雪は年に一・二回の珍事だ。とはいえ、長時間の鑑賞に耐えられる映像ではない。

 痺れをきらしかけたころ、レイはおもむろに窓に背を向けた。床に置いてある漫画の一冊を拾い上げ、ベッドに腰かけて読みはじめる。窓辺に移動するまで僕が寝そべっていた領域、それと重なる位置だ。
 僕は肩越しにその様子を見ながら、その選択は計算に基づくものなのでは、という疑念を胸の奥底で渦巻かせていた。心臓が高鳴ろうとしているが、あと一歩のところで踏み止まっているといったような、奇妙な精神状態だ。

「悪いけど、カーテン閉めて」
 レイがおもむろにこちらを向いて言った。僕は「うん」と返事をして指示に従う。
 僕はたぶん、ベッドに、レイの隣に座るべきだったのだと思う。しかし、直前まで続いていた緊張状態が尾を引いて、そうするだけの勇気が湧かない。
 もどかしかった。それでいて、今はこれでいい、と納得する気持ちもあった。

 ベッドを素通りし、窓際まで移動するまでレイが座っていた地点、そこから少しずれた位置に腰を下ろす。ゲーム機をベッドに忘れていることに気がついたが、とりに戻る気にはなれず、背中を壁に預ける。ページをめくる音が断続的に聞こえている。
 窓に視線を注ぐと、目を離した隙に雪は少し弱まったらしい。それでも、雪が降るのを見慣れていない人間の目には、かなり激しく降っているように見える。それにもかかわらず、無音。そのギャップを、今さらのように不思議に思った。

 以降の時間は、いつものように物静かに、穏やかに過ぎていった。
 気持ちは複雑だったが、これでよかったのだ、と当時の僕は結論している。
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