僕の輝かしい暗黒時代

阿波野治

文字の大きさ
上 下
47 / 77

47

しおりを挟む
 二月に入ると死ぬほど寒い日が続いた。
 寒い。それだけを理由に外出をためらう日も数えきれなかったが、幸いにも僕とレイの自宅は徒歩十秒の距離にある。
 僕たちが暮らす地域にとっては珍しく雪が降った日も、レイは僕の家までやってきた。肩に散った雪を手で払い、「おじゃましまーす」と間延びした声で言って家に上がる。

「すごく降ってる」
 レイのつぶやきが静寂を破った。ベッドで仰向けになってゲームをしていた僕は、音源へと顔を振り向けた。
 彼女はいつの間にか窓際に佇んでいた。カーテンの右半分を全開にして、窓外を眺めている。ガラスの向こう側に広がる世界で、無数の雪が妖精のように舞っている。

 僕は思わず息を呑んだ。
 降雪の激しさにではなく、レイの横顔に。
 美しい、と思った。
 真剣なわけでも、憂えを帯びているわけでも、儚げなわけでもない。それなのに、目が離せない。上手く言語化できないが、とにかく惹きつけられるものがそのときのレイの横顔にはあった。瞳の漆黒がいつもにも増して艶やかで、雪の純白と好対照だ。顔の特定の部位でも、顔全体でもなく、すべてのパーツが魅力的だった。

 僕はたぶん、雪に見とれている横顔を見た瞬間、安定した関係が細く長く続く中で失念していた、魅力的な異性としてのレイを思い出したのだと思う。
 なぜだろう、安楽にベッドに寝そべり、呑気にゲームをしているのが、無性に恥ずかしくなってきた。そんなことをしている場合じゃないだろう。もう一人の自分が真面目腐った声でそう苦言を呈した。

 僕はきしむ音を立てないように注意しながら体を起こし、ベッドから下りる。少し逡巡したが、レイの隣に並ぶ。普段もこの位置関係になることはままあるが、その場合よりも肩幅半分ほど広めに距離をとった。なんとなく、そうしたほうがいいと思ったから。
 気配を感じたらしく、レイがゆっくりと僕を振り向く。まともに視線がぶつかる。レイは真顔だ。逸らそうとするそぶりは見せない。「なんの用?」と眼差しで問うてすらいない。だんだん照れくさくなってくる。
 もしかすると、僕の頬は紅潮しているのかもしれない。そう疑った瞬間に限界が来て、視線を窓外へと逃がした。 

 降りしきる雪は、最初に窓外をうかがったときとまったく同じ軌道を描いているように見える。部屋の中は身震いしそうになるくらいに静謐だ。外の世界も同じように静かに違いない、と考える。そう信じたのではなく、信じたかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

刈り上げの春

S.H.L
青春
カットモデルに誘われた高校入学直前の15歳の雪絵の物語

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語

六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。

坊主女子:スポーツ女子短編集[短編集]

S.H.L
青春
野球部以外の部活の女の子が坊主にする話をまとめました

秘密のキス

廣瀬純一
青春
キスで体が入れ替わる高校生の男女の話

処理中です...