僕の輝かしい暗黒時代

阿波野治

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 レイを自室へと導き、再び待ってもらってホットコーヒーを淹れる。スティックタイプの砂糖とミルクとともにトレイにのせ、部屋に戻る。
 レイはベッドの縁に腰かけていた。うつむき、所在なさそうに膝頭を見つめている。僕はコーヒーがのったトレイをベッドのすぐそばに置く。レイは置かれたばかりのものを一瞥したが、黙っている。僕は自分の分のカップを手に、いつも彼女がよく座っているあたりに腰を下ろす。

 二人とも、しゃべり出そうとしない。
 僕のほうから口火を切るべきなのだろう。それは分かっていたが、少し待ってみたかった。コーヒーカップの褐色の水面を眺めながら、時おり吐息を吹きかけては無音ですすり、彼女の言葉を待つ。

「曽我といっしょに遊ぶようになった理由、まだちゃんと話していなかったよね」
 レイはおもむろに口を開いた。自らの膝頭に目を落としたまま唇を動かしている。顔ににじんでいるのは、後ろめたさを持て余しているかのような弱々しい苦笑。

「曽我が暇そうだから、幼なじみのあたしが暇つぶしに協力してやる、みたいな、上から目線の発言をしたよね。まあたしかに、曽我が暇だからというか、時間に余裕がありそうだからこその提案ではあったんだよ。でも実際は、あたしが曽我にすがりついたというのが実情で。
 ……あたし、居場所がどこにもないから、曽我の自室に居場所を求めたんだ」
「居場所がない? それって、自宅にはいづらいってこと? 午後五時から六時の一時間だけ?」

 まずは最後まで話を聞くべきだと思ったが、口を挟まずにはいられなかった。レイは気を悪くした様子もなく答える。

「一時間っていうのは、あまり長時間すぎると曽我に迷惑がかかると思って。いや、一時間だとしても迷惑なのかもしれないけど。
 ……いづらいよ。家族が家にいるときは、いつだって居心地が悪くて、息を吸ったり吐いたりするだけでも苦しい。家族との折り合いが悪いんだ。あたしと、あたし以外の家族の仲が、険悪で、最悪で。あたし以外の家族は、というか両親は、テレビドラマで描かれる模範的な仲良し家族みたいに仲睦まじいんだけどね。具体的にどんなふうに悪いのかは――言いたくない。ようするに、そのくらい悪くて、どうしようもないってこと」

 曽我大輔という人間を信頼していないわけではない。ただ、事情を理解してもらうには長く複雑な説明が必要だし、打ち明けることに抵抗もある。中途半端に明かすくらいなら、いっそなにも言わないほうがいい。そんな判断にもとづく発言らしい。
 不登校が原因で退学を余儀なくされ、進路の問題で悩み、親からのプレッシャーに悩んでいる自分が、急にちっぽけに思えた。こみ上げてきた己を恥じる気持ちに、手がかすかに震えた。コーヒーカップの中身が半分になっていなかったなら、きっとこぼれていただろう。遅まきながら、カップを床に置いた。

 ……言葉を返せない。勇気の問題ではなく、文言が浮かばないのだ。
 僕はちっぽけで、無力だ。
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