僕の輝かしい暗黒時代

阿波野治

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「僕のほうこそ進藤さんが羨ましいよ。進藤さんみたいに強い心を持っていたのなら、いろんなことがもう少し上手くいっていたのかな、なんて思う」
「いろんなことって?」
「それは……言葉どおり、いろいろだよ。僕の人生、上手くいっていないことばかりだから、多すぎて挙げられないよ」
「あたしとアイス買いに行っているのも失敗?」
「いや、大成功。アイスを買いに行くとか、ちょっとしたことだとしても、やっぱり誰かといっしょのほうが楽しいね」
「進藤レイといっしょだからと言っても、バチは当たらないと思うけどね」

 短いあいだではあるが、とても快い気持ちで言葉を交わせたから、会話の内容を不思議なくらいに鮮明に覚えている。
 こうして振り返ってみると、話が暗いほうに流れてもおかしくはなかったが、レイはそうならないようにさり気なく、だけど上手に誘導してくれた。ほんとうに、彼女には感謝の気持ちしかない。 

 僕は他人と、家族相手ですらも、長々として言葉のキャッチボールをしてこなかった男だ。気兼ねなく話せるレイが相手だとしても、自分一人の力だけでは、会話を長く保たせるのは難しいだろう。
 そんなハンデをものともせずに、楽しい会話を滞りなく続けられるのは、間違いなく進藤レイの功績だ。
 ほんとうに、ほんとうに、彼女には感謝してもしきれない。

 店内に客はいなかった。仲がいい人間同士で食べるものを選ぶと、一つに絞るのを迷うことに無性に盛り上がってしまい、決めるのに時間がかかりがちだが、僕たちの場合は迅速だった。僕はスティックタイプのソーダアイスで、レイは抹茶味のカップアイス。

「抹茶、好きなんだ」
「むちゃくちゃ好きではないけど、なんとなくこれがいいかなって」
「好き嫌いが分かれる味だと思うけど、進藤さんは平気なんだね」
「まあね。好みが分かれるといえばチョコミントだけど、曽我はどう?」
「平気だよ。チョコミントも抹茶もね。ニートをやっていると、食べものに文句をつけるとひんしゅくを買うから」
「どうした。今日の曽我、なんか卑屈だぞ」
「そうかな。そんなつもりはないんだけど」

 十六歳らしい、くだらなくて他愛もないが、等身大の会話だった。アイスの味について話すだけで笑えたのだから、あのときの僕たちはまぎれもなく幸せだったのだと思う。
 でも、そこまでだった。

「曽我、ちょっと買いたいものがあるから、適当に店の中を見て回ってて。会計はあたしがしておくから、あとで曽我のアイス代だけ払って」
「了解。お金あるの?」
 レイは「馬鹿にしないで」というふうに少し唇を尖らせた。しかしすぐに微笑を上書きして、僕の分のアイスを奪いとって一つ奥の通路へと消えた。

 外で待っていてもよかったが、雑誌コーナーに移動した。もはや購読していないが、かつてレイが毎週の楽しみにしていた週刊少年ジャンプに、現在どのような漫画が連載されているのかを確かめたかった。あるいは、『ドラゴンボール』が連載されていないことを確認して、何食わぬ顔をして、会計を終えたレイと合流したかった。「なにを見ていたの?」と訊かれたとしても、「いや、別に」と短く答えて、行きのようにくだらない話をしながら帰り道を歩きたかった。
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