僕の輝かしい暗黒時代

阿波野治

文字の大きさ
上 下
22 / 77

22

しおりを挟む
 親という生き物はとにかく我が子に雑事を委託したがる。
 家族のため、社会勉強のため、あなた自身のため。
 示される理由はいつだって立派で、もっともらしい。すべてが的外れだと主張するつもりはないが、遡って精査してみれば、面倒ごとを押しつけようとしただけとしか思えない事例が大半を占めている。

 親という立場になっても、彼らは人間。厄介な仕事を回避して楽をしたい下心は当然抱く。卑怯さ、ある種の弱さを抱え持っている。もっとも身近でもっとも弱い存在である我が子に対してだからこそ、狡さを発揮することも珍しくない。
 当時よりも少し大人になった今では、大人の狡さも寛大な心で許容できる。しかし、満年齢十六歳でそのような仙境に至れる人間はまずいない。

「悪いけど、庭の草刈りをしておいてくれ。今日の夜、私が帰ってくるまでならいつやってくれてもいい。任せたぞ」

 その日の朝、朝食の席についていた僕に、父親は唐突にそう命じた。
 母親はひと足早く食事を済ませ、キッチンで父親の弁当の準備をしている。僕よりも早くダイニングに来ていた父親は、もうすぐ食べ終わるという情勢。席に着いたばかりの僕は、トーストにマーガリンを塗りつけていた。
 そんな状況下で、父親は読んでいた地方新聞をやけにていねいな手つきで折り畳み、もったいぶったような手つきでコーヒーカップを持ち上げて一口すすると、おもむろにそう切り出したのだ。

 僕は両親から、毎日の食事は家族といっしょにとるようにと厳命されている。
 僕は中学二年生のときに不登校になった。登校しろと強硬に迫る両親、特に父親との対立と衝突とが常態化し、部屋のドアに内鍵をかけて籠城するという対抗措置を僕は講じた。
 これに対して父親は、もう学校に行けと無理強いはしない、顔を合わせても現状や将来について口うるさくは言わないし、家から出ていけと命じもしないから、ひきこもるのはやめろ、食事くらいは家族といっしょにとるようにしてくれ、と譲歩案を示した。内心では争うことに疲れきっていた僕は、それを受け入れた。

 両親からすれば、特に普通と常識を愛する父親からすれば、息子が四六時中部屋に閉じこもって外に出てこない、家族とは口もきかないという、考え得る限りの最悪の状態に陥る事態を避けたかったのだろう。
 留年した挙げ句に自主退学することになったとはいえ、事実として僕は高校受験を突破して高校生になることができた、どん底から再起できたのだから、両親の苦肉の策は結果的に功を奏したといえる。

 ただ、父親の口うるさい性格は変化しなかった。高校生になるまでは規則正しい生活の大切さや高校受験について、高校を中退してからは今後の進路について、顔を合わせるたびに説教じみた言葉を浴びせてきた。
 取り決めのことを失念してしまったわけではないが、息子の顔を見ているうちに悪い虫が疼き出し、ついこぼしてしまうらしい。
 ひとたび口にしたあとは、歯止めがきかなくなかったかのように、あるいは開き直ったかのように、延々と垂れ流す。しゃべればしゃべるほど、眉間に、声音に、負の感情がこもる。

 息子を完全なる意味でひきこもりにさせないための取引条件として、親が我が子に意見を言えないのは間違っている。普通でいろ、常識的であれと我が子に教え諭すのは親としての義務だ――。
 くどくどと言葉を重ねる父親から、僕はそんな心の声をたびたび聞いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

ガラスの世代

大西啓太
ライト文芸
日常生活の中で思うがままに書いた詩集。ギタリストがギターのリフやギターソロのフレーズやメロディを思いつくように。

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...