僕の輝かしい暗黒時代

阿波野治

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 そもそもレイはなぜ、僕と過ごす時間を持つことにしたのだろう?
 そんな疑問を、リュックサックを背負った彼女が曽我家を訪問したその日から、深まることはあっても薄らぐことなく抱きつづけていた。

 臆病な僕は、彼女との関係が不安定になることを恐れている。病的に、といっても過言ではない。
 ただ、二人きりでいるときの僕たちを支配していたのは、レイが言ったように「緩い空気感」。その空気感を壊してしまいそうな気がして、こちらから問い質すなど、とてもではないが無理だ。
 知りたければ、そう出来がいいわけではない頭を回転させて、自力で探り当てるしかない。

 暇つぶし?
 だったら、一人でもできる。ゲームの対人戦がやりたいならまだしも、レイの趣味は漫画を読むことなのだから。

 高校中退を余儀なくされてひきこもる僕を慰めるため?
 もしそうであれば手放しでうれしいが、残念ながらたぶん違う。うちに来るようになってからレイがしたことはといえば、漫画を読むこと、飲食すること、話をすること。話だって他愛もない雑談ばかりで、僕が抱えている懸案に踏みこんできたことは一度もない。

 踏みこみたいが踏みこめずにいる、といった様子でもない。「自分が好きなことをして楽しむべき」という思想を掲げた彼女らしく、自分が楽しむことを最優先に振る舞っている印象がある。その姿勢に、結果として慰められているのは事実だが、計算づくでの行動なのかは大いに疑問だ。
 他にも様々な可能性が思い浮かぶが、荒唐無稽だったり、僕に都合がよすぎたりと、現実的ではないガラクタばかりで、正解が含まれているとはとても思えない。

 気まぐれだ。レイはきっと気まぐれから、僕と小一時間、時空間を共有することにしたのであって、明確な理由など存在しないのだ。
 考えることに疲れ、ある意味では倦み、ある意味では逃げた僕は、そんな投げやりな解釈を一応の結論とした。

 正解ではないのは分かっていた。しかし、一応でも結論を出した効果は絶大で、それを境に、僕がレイの不可解と向き合って神経をすり減らす時間は激減した。
 ただし、完全には消滅しなかった。レイといっしょにいるのは二十四時間中のたったの一時間。ごく短時間に過ぎないが、彼女に思いを馳せる時間は長かった。間違いなく、僕の生活の軸だった。

 なにかに夢中になっている人間にありがちなように、当時の僕は、よくも悪くも進藤レイに囚われている自覚は持たなかったのだが。
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