僕の輝かしい暗黒時代

阿波野治

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 ふと気がつくと、レイは寝息を立てている。
 胸の規則的な上下運動が、寝たふりをしているわけではないことを証明している。部屋はクーラーの冷気に満たされ、漂う雰囲気は気だるい。
 無防備なレイに、僕の関心は否応にも惹きつけられた。それに抗うように、ゲームに意識を集中しようと懸命に努めたが、案の定プレイに集中しきれない。

 それでも、誘惑には断固として膝を屈さない。まじまじと見つめているさなかにレイが目を覚まし、僕のおぞましく破廉恥な行為に気づかれたくなかったからだ。彼女との安定的な関係を確立した僕がもっとも恐れているのは、安定を失うことだった。
 チャンスはいくらでもあるのだから、今は焦る必要はない。
 もう一人の自分の賢明な忠告に従う程度には、心に余裕があった。安定性を確保しているからこその余裕、だったのかもしれない。

「ごめん、寝ちゃってた。よだれ垂らしてなかった?」
 やがて眠りから覚めたレイの第一声がそれだった。寝ぼけているわけでも、寝落ちしていたことを恥じるのでもなく、すれ違った人間と肩がぶつかったから謝意を表明した、というような口ぶりだった。

「それは大丈夫。寝不足?」
「んー、そうでもないけど」
「まあ、たまにはこういうこともあるよね。睡眠時間が足りてても寝ちゃうことも」
「まあね。だけど、ちょっともったいなかったな。貴重な時間を睡眠に費やすなんて」
「でも、僕といるときの進藤さんって、あまりしゃべらないよね」
「雰囲気がいいんじゃん。適度にリラックスできて、緩い空気感で」

「緩い空気感で、適度にリラックスできた」だっただろうか? それとも「雰囲気がよくて、適度に緩い空気感で」? こまかな言い回しまでは記憶していないが、「ごめん、寝ちゃってた」という言葉から会話が始まったことと、以降のおおまかな流れ、その二つは間違いないはずだ。
 おおまかにではあるが記憶に留めていたのは、このやりとりが、それだけ僕には重要だったということなのだろう。

 客観的にはささいな出来事かもしれないが、だからといって、僕個人にとって重要ではないとは限らない。
 むしろ、そういったささいな出来事の積み重ねによって、レイが不可欠な僕の日常は成り立っていた。
 特別なことが起きるわけではないが、僕たちはこの時間を楽しんでいて、そして幸せだった。
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