僕の輝かしい暗黒時代

阿波野治

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 それからの日々は代り映えがしなかった。
 もちろん、いい意味で。
 もはや追加アップデートの必要はない。完成されているからだ。完結しているからだ。
 絆が強化されたことで、僕たちが会話する機会は逆に減った。交わす言葉といえば、

「ジュースのおかわり、いる?」
「うん。半分くらい注いで」
 とか、
「ちょっと暑い。窓開けて」
「はーい」
 といった事務的なものや、
「あっ、これ美味しい。塩味より好きかも」
 とか、
「ああ、またやっちゃった。こいつがこの技を使ってくるの、つい忘れるんだよな」
 というような、ひとり言に属するものが大半を占めた。

 一方で、ひとたび共有したい話題が生まれると、臆さずに口にした。投げかけられたほうも、誠意をもって言葉を受けとめた。訊いてみたい事柄が浮かんだ場合も、同じ法則のもとに二人は振る舞った。
 ただしその内容は、あくまでも気楽な話題に限定された。

 同情的な表現を用いるなら――二人は知り合ってからの時間こそ長いが、現在のような関係になってからはまだ日が浅く、踏みこんだ話題を取り上げる時機ではなかった。
 突き放した言いかたをするなら――心地よい空間を求めて寄り集まった者同士らしく、困難から逃げていた。

 ある意味では救いようがなく、ある意味では救いなのは、困難から逃げている現実を意識することなく、二人きりの時間を過ごせたことだろう。
 そうでなければ、心の中でのこととはいえ、あんなにも頻繁に、ふとした瞬間に「ああ、幸せだなぁ」とつぶやいたりしない。

 そう、幸せだった。

 スナック菓子をかじる、さくさくという小気味のいい音も。
 ほんとうに真剣なときにはまばたきが極端に抑制される、切れ長の目も。
 ページに釘づけになったことで、めくろうとしかけたまま虚空で停止する、形のいい手も。
 袖まくりしたことで露わになる、腕の健康的な白さと、照明を浴びてきらきらと輝く和毛も。
 気がついていないと思いこんで、あるいは気がついていないものと便宜的に見なして、ほのかな笑みをたたえて僕を見つめることも。
 うつぶせに寝そべったときに否応にも目を惹く、お尻の曲線も。
 居眠りをしたことでお目にかかれた、無防備な寝顔も。
 みんなみんな、美しいと思った。

 もっと眺めていたい。できることなら触れてみたい。
 思春期の人間のご多分に漏れず、僕はレイを異性として強く意識していた。
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