僕の輝かしい暗黒時代

阿波野治

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 結論を言うと、いつの間にか夢中になっていた。

 ポケモンのゲームには様々な楽しみかたがあるが、僕は育てたモンスターをCPU相手に戦わせるゲーム内施設に挑戦するのが好きだ。
 その日もその施設に挑んだ。運も味方につけて連勝を勝ちとることもあれば、凡ミスが重なって敗北を喫することもあった。前者の場合は、記録更新を目指して一戦一戦に集中できた。後者だった場合は、いかなる改善策を講じれば勝利に結びつくか、知恵を絞って模索した。そんなくり返しをこなすうちに、いつの間にか雑念から決別し、ゲームの世界に没入していた。

 やがて集中力が切れかけてきたころ、視線を感じた。
 ちょうどきりがいいところだったので、データをセーブし、ゲーム機の電源を切ってから振り向いた。アイボリーのラグマットにうつぶせに寝そべり、漫画を手にしたレイが、棒状のチョコレート菓子を口にくわえて僕を見ていた。小馬鹿にするように、愉快そうに、にやにやと笑いながら。

 レイは漫画を左手に託し、フリーになった右手でチョコレート菓子を唇から抜き、表情はそのままに言った。
「なんだよ、曽我。楽しそうな、いい顔してんじゃん。そこだけを切りとったら、高校中退してひきこもっている人間だとは誰も思わないよ。いいものを見たな、うん」

 頬の温度がぐんぐん上昇する。熱は驚異的な速度で全身に波及し、額をうっすらと汗ばませさえした。床に寝そべるという、「いかにもリラックスしていますよ」という姿勢をとっているのが、無性に恥ずかしくなった。

 こうして過去を振り返りながら文章をつづっているうちに気がついたのは、そのときの僕とレイは、二人とも寝そべる姿勢だったということだ。
 我を忘れるくらいにリラックスしていた僕と、同じ姿勢をとっていた。つまり、レイもリラックスしていた。
 当時の時点でこのことに気がついていたなら、彼女が帰宅したあと、深く、長く、濃密に、その意味について考えこんでいたに違いない。

 レイはそれ以上僕を茶化さなかった。意地悪なことも言うし、ときに執拗に攻めることもあるが、基本的には速やかに手を引く。僕が彼女の好きなところの一つだ。
 僕はそそくさとその場に正座した。もう言葉での攻撃はしてこないと分かっていたので、上昇していた体温は速やかに平熱に戻った。僕たちのあいだを漂う雰囲気は気まずくはなかったし、会話も普通に交わせた。

 僕はゲームで遊ぶのではなく、漫画を読んで過ごしたが、レイの発言のせいでそうしたわけではないのは言うまでもない。


* * *


 平日午後五時からの一時間、二人は同じ部屋に集い、漫画を読み、菓子を食べ、無駄話をしながら過ごす。

 初日に確立されたそんな過ごしかたは、二日後に早くもアップデートされた。
 平日午後五時からの一時間、二人は同じ部屋に集い、自分がしたいことをして過ごす。
 それが僕とレイにとっての当たり前の日常になったのだ。
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