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「曽我のやつ、ポケモンのペンケースなんか使ってやがる」
珍しい昆虫でも発見したかのような、はしゃいだ声でその人物は言った。
クラスメイトの吉野。日ごろから品性に欠ける言動を頻発している男子生徒だ。
僕は愕然として吉野を見上げた。彼の大柄な体を取り巻きたちが囲んでいて、下卑たにやにや笑いを浮かべて僕を見ている。吉野は取り巻きたちというよりも、教室にいる生徒たちに広く呼びかけるように言った。
「中一にもなってポケモングッズかよ。ガキじゃあるまいし。だっせぇ」
吉野の笑い声が弾けた。金魚の糞たちも追従して笑う。
僕は頬に熱を感じた。穴があったら入りたいような、特定の誰かにではなくて、視界に映る人間に無差別に謝りたいような……。
以降の記憶はおぼろげだ。
屈辱的な時間が長く続いた印象は残っていない。だからたぶん、助け船を出すように休み時間終了を告げるチャイムが鳴り、吉野はペンケースを僕に返却し、取り巻きたちともども自分の席に戻ったのだろう。
僕はこの一件に懲りて、学校には違うペンケースを持っていくようになった。吉野はポケモンの件を蒸し返さなかった。ポケモングッズをからかったのは、たまたま目に入ったからで、僕を本格的にいじめてやろうという意欲は最初からなかったのだろう。
以上のいきさつを伝えたうえで、僕は吉野を非難する言葉を並べた。
「吉野はポケモンっていう、低年齢のユーザーが多いコンテンツに否定的な見解を示すことで、自分は幼稚な趣味からはすでに卒業した、精神的に成熟した人間だって遠回しに主張したかったんだろうね。
僕に言わせれば、幼稚か否かを基準に物事の価値を決めようという姿勢、それこそが幼稚だよ。そんな初歩的なことにも気づかずに僕を幼稚だと断罪して、いい気になっている吉野は、愚かだ。そもそも、なにをどの程度好きになるかは個人の自由なんだから、けちをつけるのは馬鹿げている。
……しゃべっているだけで腹が立ってきた。思い返せば思い返すほど愚かだなって思うよ、あいつは」
当時のことを思い出したせいで、つい感情的になってしまった。吉野の件を話そうと事前に決めていたわけではないから、脳内原稿なんて用意していない。理路整然からは程遠い、醜い語りになってしまったと思う。なにせ、自分でも途中からなにを言っているか分からなかったくらいだ。聞かされているほうはそうとう大変だっただろう。
それでもレイは真剣に耳を傾けてくれた。視線は僕ではなく自らの膝に落ちていたが、適切なタイミングと頻度で相槌を打ってくれたので、そうだと分かった。
珍しい昆虫でも発見したかのような、はしゃいだ声でその人物は言った。
クラスメイトの吉野。日ごろから品性に欠ける言動を頻発している男子生徒だ。
僕は愕然として吉野を見上げた。彼の大柄な体を取り巻きたちが囲んでいて、下卑たにやにや笑いを浮かべて僕を見ている。吉野は取り巻きたちというよりも、教室にいる生徒たちに広く呼びかけるように言った。
「中一にもなってポケモングッズかよ。ガキじゃあるまいし。だっせぇ」
吉野の笑い声が弾けた。金魚の糞たちも追従して笑う。
僕は頬に熱を感じた。穴があったら入りたいような、特定の誰かにではなくて、視界に映る人間に無差別に謝りたいような……。
以降の記憶はおぼろげだ。
屈辱的な時間が長く続いた印象は残っていない。だからたぶん、助け船を出すように休み時間終了を告げるチャイムが鳴り、吉野はペンケースを僕に返却し、取り巻きたちともども自分の席に戻ったのだろう。
僕はこの一件に懲りて、学校には違うペンケースを持っていくようになった。吉野はポケモンの件を蒸し返さなかった。ポケモングッズをからかったのは、たまたま目に入ったからで、僕を本格的にいじめてやろうという意欲は最初からなかったのだろう。
以上のいきさつを伝えたうえで、僕は吉野を非難する言葉を並べた。
「吉野はポケモンっていう、低年齢のユーザーが多いコンテンツに否定的な見解を示すことで、自分は幼稚な趣味からはすでに卒業した、精神的に成熟した人間だって遠回しに主張したかったんだろうね。
僕に言わせれば、幼稚か否かを基準に物事の価値を決めようという姿勢、それこそが幼稚だよ。そんな初歩的なことにも気づかずに僕を幼稚だと断罪して、いい気になっている吉野は、愚かだ。そもそも、なにをどの程度好きになるかは個人の自由なんだから、けちをつけるのは馬鹿げている。
……しゃべっているだけで腹が立ってきた。思い返せば思い返すほど愚かだなって思うよ、あいつは」
当時のことを思い出したせいで、つい感情的になってしまった。吉野の件を話そうと事前に決めていたわけではないから、脳内原稿なんて用意していない。理路整然からは程遠い、醜い語りになってしまったと思う。なにせ、自分でも途中からなにを言っているか分からなかったくらいだ。聞かされているほうはそうとう大変だっただろう。
それでもレイは真剣に耳を傾けてくれた。視線は僕ではなく自らの膝に落ちていたが、適切なタイミングと頻度で相槌を打ってくれたので、そうだと分かった。
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