僕の輝かしい暗黒時代

阿波野治

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 レイは僕の視線には気がついていないらしい。双眸は常に漫画のページに落ちていて、物語の世界に没入しているように見える。
 気づかないふりをしているだけかもしれない、という疑いがくり返し頭を過ぎった。しかし、向こうがなにもリアクションを示さないのだから、ばれていないも同然だと開き直って、ふてぶてしく盗み見を継続した。
 意識の焦点は緩やかに、進藤レイの存在そのものから、彼女が曽我家に遊びにきた動機へと移行していった。

 曽我は高校を辞めて暇みたいだから、遊び相手になってやる。
 レイはそんな趣旨の発言をしていたが、額面どおりに受けとってもいいのだろうか?
 数日前、自宅前で偶然顔を合わせたときにレイは、僕が高校を中退した件について自分から触れた。今回の訪問は、まず間違いなくその件と関係がある。ただ、それでは具体的な目的はなにかと問われると、首をかしげてしまう。

 僕を慰めにきてくれた? だとすれば、僕に慰撫の言葉一つかけずに、『ドラゴンボール』を読み耽っているのはなぜなのか。「これを食べて、読んで、元気を出して」ということなのかもしれない、とも考えた。しかし、そうだとすれば、僕の趣味嗜好を事前にリサーチしなかったのは不自然だ。たしかにポテトチップスは人気の菓子だし、『ドラゴンボール』はファンが多い漫画だが、僕の好みに合わせて用意されたものだとは考えにくい。
 あっという間に考察に行き詰まってしまった。

 きっとこれは自力では解き明かせない謎なのだ。これ以上考えるのは、やめよう。時間を無駄にするだけだ。
 そう己に言い聞かせて、考えるのをやめた。
 本人にたずねてみる? そんな選択肢、検討すらしなかった。身の毛もよだつような恐ろしい真実が隠されているとは思わなかったが、なんとなく怖かった。遠慮があった、というよりも。

 レイは自分から種明かしをするつもりはなさそうだ。漫画を読み、菓子を食べる。そうやって過ごす時間に満足しきっていて、それ以外のことを自発的にするつもりはないように見える。

 精神的にも物理的にも閉じこもりがちな日々を送っている僕にとって、レイの来訪は一大事件だ。存在自体はもちろん、声、匂い、しぐさ。普段は食べることのない菓子の味もそうだし、普段は読むことのない漫画だってそうだ。
 謎についてはいったん脇に置いておいて、刺激を味わうことに全力を尽くそう。
 そう結論を下して間もなく、突然タイムリミットが訪れた。

「そろそろお暇しようかな」
 レイが読んでいた一冊を閉じたかと思うと、僕に向かってそう告げたのだ。時計を見ると、彼女が訪問してから早くも一時間が経っていた。
 僕のためを思ってわざわざ遊びに来てくれた彼女を、引き留める権限は僕にはない。

 謎について推理すること。刺激に身を委ねること。どちらも中途半端なまま、二人きりの時間は終わりを迎えたのだった。
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