僕の輝かしい暗黒時代

阿波野治

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「たくさん持ってきたんだね。重かったでしょ」
「まあね。初回だから加減が分からなくて」
「たくさんあるけど、全部進藤さんのもの?」
「万引きをする趣味はないよ。読みたいと思ったものを勝手に読んで。食べながらでも全然気にしないから、遠慮なく」
「……いいの?」
「どっちの意味での『いいの』なの? 漫画を好き勝手に読むことについて? それとも、食べながら読むことについて?」

 レイはポテトチップスの大袋を手にとり、封を開けた。油で揚げられたじゃがいもの香りが解き放たれ、部屋に漂った。
「どっちも曽我の好きなようにして。読むのも、食べながら読むのもね。菓子だってそれは同じ。自由気ままに食べてもらわないと、せっかく大量に持ってきた意味がなくなるでしょ」

 レイは漫画の山から一冊を選び出し、反対の手で袋から菓子をつまみ出して口に運ぶ。小気味のいい咀嚼音。
 選ばれた作品は『ドラゴンボール』。一巻ではない。『ドラゴンボール』はたしか、リュックサックには収まらないくらい巻数が多かったはずだから、自分が今読んでいる巻と、それ以降の巻を持ってきたのだろう。山には『ドラゴンボール』以外の作品も複数含まれている。

 読書するレイの顔つきは真剣だ。それでいて、肩に余分な力は入っていない。リラックスしているが、緩みすぎてはいない。そのほどよい感じがなにかとても魅力的で、僕はレイの顔に惹きつけられる。
 ただし、長続きはしなかった。こっそり見ているのがばれるのが怖かったからだ。レイは「万引きをする趣味はない」と言ったが、僕だって盗み見は趣味ではない。

 再び熱を持ちはじめた頬を意識しながら、山の一番上の一冊を手にとる。今となってはタイトルは忘れてしまったが、『ドラゴンボール』よりもさらに古い不良漫画だった。刊行された年月を確認したわけではないが、絵柄が古かったので多分そうだと思う。
 その手のジャンルだから当然、不良同士の喧嘩のシーン、暴力的な描写は頻出していたが、全体的に生ぬるい印象を受けた。作品の見せ場ともいえるそのシーンが迫力を欠くのが足を引っ張って、それほど面白いとは思えなかった。
 そもそも僕は、暴力描写が頻出する漫画が好きではない。クラスメイトから暴力を振るわれていた過去を思い出すからだ。漫画と現実は別物だと頭で理解していても、不快感が込み上げてくるのを抑えるのは難しい。

 作品に深い関心を持てないことに加えて、同じ部屋にいるレイの存在が、というよりも存在感が、集中力の持続を妨げている。僕は物語を読み進めるのを早々に諦めて、漫画を読むふりをする努力さえも怠って、レイのことを見る時間を徐々に増やしていった。
 やましくてあさましい行為を続けているあいだ、なにか具体的なことを考えていたわけではない。ただただ気になって、自力ではどうすることもできない力に操られて、断続的に彼女をうかがっていた。
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