僕の輝かしい暗黒時代

阿波野治

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 恥ずかしながら、異性が家に遊びに来たのは初めてだ。だから、どう振る舞うのが正解なのかが分からない。
 レイを不愉快な目に遭わせてしまったら、どうしよう。せっかく遊びに来てくれたのに、失望させたくない。恥をかくのは嫌だ。誰か助けてくれ!
 ……そう心の中で叫んだところで、救いの手を差し伸べてくれる者はいない。僕が、僕の意思で、突然訪問した幼なじみをもてなすしかないのだ。

「で、家に上がってもいいの? それともだめ? アポなしで来たあたしが悪いんだし、無理にと言うつもりはないけど」
「大丈夫だよ。全然平気。……えっと、リビングにする? それとも僕の部屋?」
「部屋がいいかな。家族みんなが使う場所って、落ち着かなさそうだし」
「それもそうだね。じゃあ、僕の部屋まで案内するよ。ちょっと汚いかも、だけど」

 口ではそう言ったが、眉をひそめられない程度には片づいている自信があった。僕は特にきれい好きというわけではないが、あり余る時間をつぶすために、自室の掃除と整理整頓をよくしているのだ。

「いいよ、ちょっとくらい。中、入ろうよ」
「そうだね」
 まず僕が入り、レイが続く。両親がいないからこそ来たはずなのに、彼女はドアを閉めたあとで「おじゃまします」と小声であいさつをした。

 ほぼ一日中いる自分の部屋なのに、入る瞬間はたまらなく緊張した。
 ベッドの上のゲーム機をさり気なくチノパンツのポケットに押しこみ、窓のカーテンを開く。少し迷ったが、窓も開けた。入りこんできた外気は秋らしく涼しい。サンゴジュの生け垣の上に広がる午後の空は、初秋というよりも初夏のような青さだ。

「換気のために開けただけだから、しばらくしたら閉めるよ。寒い?」
「ううん、平気」
 レイはドア近くの壁際に腰を下ろした。リュックサックを床に下ろし、室内を見回す。真顔に近いが、瞳には好奇心がしっかりと宿っている。初めて来た異性の部屋なのだ。気になるのは当たり前だと頭では理解していても、心が少し落ち着かない。

 僕の視線に気がついたらしく、レイは観察を打ち切ってリュックサックのファスナーを開けた。中から取り出したのは、ポテトチップスの大袋、個包装されたチョコレート、クッキーの小箱――菓子の数々だ。
 レイは手を止めて僕のほうを向いた。

「なに驚いてるの? 菓子を持ってきたって言ったはずだけど」
「ごめん。想像していたよりもたくさんだったから。飲み物、用意したほうがいいかな」
「できればお願い。実は他の荷物でいっぱいになっちゃって、持ってくる余裕がなかったんだ」
「分かった。ちょっと待ってね」

 氷入りの麦茶のグラスをトレイにのせて戻ってくると、レイは菓子をすべて出し終えたらしく、漫画の単行本を取り出しているところだった。すでに十五冊ほどが床の上に積み上げられているが、まだまだ出てくる。ざっと見たところ、僕たちの親世代くらいまでなら誰でも知っているような、古典的な名作が多い。
 トレイを床に置いたのと、最後の一冊を出し終えたのは、奇しくも同時だった。
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