僕の輝かしい暗黒時代

阿波野治

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 少し昔の話をしよう。僕の輝かしい暗黒時代の話を。


 

 出席日数の不足で高校二年生に進級できないと確定したときは、人生が終わったと思った。普通の人間が歩むべきコースから決定的に足を踏み外した、という感覚に襲われ、囚われた。二年前に、いじめが原因で不登校になったときでさえも縁がなかった感覚だ。
 高校は義務教育ではない。中学二年生のときのように、夏休み明けから一日も登校しなかったにもかかわらず進級が可能、などという甘い措置はあり得ない。
 僕に残された選択肢は二つ。学費をもう一年分払って留年するか。それとも、自主退学して別の道を模索するか。

 最終的に、僕は前者を選んだ。
 二年前の蹉跌から、曽我大輔は学校生活に適応できない人間だとしっかりと自覚している。私立高校の学費が高額なことも分かっている。
 それなのに、高校に通いつづける道を選んだ。
 今になって分析してみると、どうやら当時の僕は、「普通の道を歩きたい」という思いが強かったらしい。

 留年生としての初日、教室でホームルームの開始を待っていた僕は、僕をちらちらとうかがいながらひそひそ話を交わす男子生徒たちの存在に気がついた。彼らは全員、顔に低俗な薄ら笑いを貼りつけていた。
 ……ああ、同じだ。
 高校一年生をやり直しても、クラスメイトから馬鹿にされることに変わりはないのか……。
 肩の力が抜けた。言うまでもなく、悪い意味で。

 曽我大輔は留年した人間ですよ、あなたたちよりも一つ年上ですよと、クラス担任の口から事前に伝えられていたのか。それとも、僕の自信なさげで挙動不審な態度を見て、いじめるのに誂え向きの人間だと認定したのか。
 真相は定かではないが、コミュニティに適応するうえで重要な初日に、年下の同級生たちが示したネガティブな態度の影響は大きかった。
 けっきょく、登校したのは始業式とその翌日の二日だけ。以降は一度も教室に行かないまま、僕は高校を自主退学した。私立高校の馬鹿みたいに高い学費は、もちろん無駄になった。

 百万円単位の大金を追加で支払ったにもかかわらず、二回登校しただけで退学――。
 にわかには信じがたいかもしれないが、ほんとうの話だ。テロリストに乗っとられた旅客機が高層ビルに激突したように、東北にある原子力発電所が放射能漏れ事故を起こしたように、感染症によるパンデミックが全世界の人々を恐慌に陥らせたように、信じがたいがまぎれもない現実なのだ。
 
 僕は人前でまともにしゃべれない。
 今後、学校生活を続ければ続けるほど、それは逃れようのない現実と化していく。僕のことをにやにやしながら見ていた男子たちは、僕がそういう人間だと理解すれば理解するほど、僕に対するからかいや嫌がらせの頻度と程度を高めるだろう。
 そんなのは、怖い。
 そんなのは、嫌だ。
 毎日そんな目に遭わされるくらいなら、学校を辞めてしまおう。

 根拠のない思いこみや憶測にもとづく決断ではない。僕は二度、いじめに遭い、不登校に陥るという経験をしている。今回も絶対にそんな最悪の未来がやってくる。そんな確信があったから、実害を受ける前に自分から辞めた。
 ……それだけの話だ。
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