レム

阿波野治

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消失

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 明るく言いきったその声に、凪はありのままの七海を見た。夢の世界で呼吸をする彼女でも、余命一か月だと打ち明けてからの彼女でもなく、それ以前、病室で談笑しているときの七海を感じた。
 七海のことがおぞましいとは、もはやまったく思わない。今、穴の中にいるのは、もとは木花七海だった異形ではなく、木花七海の姿をした木花七海だ。そう確信できた。

「わたしがあげた赤い折り鶴、大事にしてね。焼けちゃって、もうあの一羽しか残っていないから。それから――」
「ちょっと待ってよ、七海」
「ん? どうしたの?」
「どうしたの、じゃないよ。だって僕たち、永遠にお別れなんだよ? 平常心でいられるはずがないじゃないか」
「わたしは平気だよ。だって、これが運命なんだから」
「運命って、なにがいけなかったの? 僕はどこで間違ってしまったの? ……もしかして、僕が君から逃げたから? あれは試験のようなもので、僕は間違った選択をしたということ?」
「凪くんは正しい道を選んだよ。だって、わたしはもう死んでいるんだから。死者と生者が交わる方法は、生者が死者に歩み寄るしかない。それってつまり、死ぬっていうことだからね」
「もう死んでいるって……。余命は一か月っていう話だったじゃないか。命はまだ残っているはずじゃないの? ていうか、七海がすでに死んでいるのなら、僕たちがこうやって会話できているのはなぜ? いろいろおかしくて、おかしいことだらけで、意味がわからないよ」
「その一言を聞いて安心した。異常事態を異常事態だと思えるのは、凪くんはこちら側の人間じゃないという証明だから」

 相変わらず姿は見えないが、七海が相好を崩したのがわかった。

「言いたいことがどんどん出てくるね。言いつくしたと思っても、次から次に湧いてくる。まあ、それが当たり前なのかもね。だってわたしたちは――」

 突然、その現象は発生した。

 穴が消えたのだ。
 七海の気配もろとも。
 一瞬にして、跡形もなく。

 先ほどまで穴があった場所には、穴があったときにも穴の周囲に広がっていたような、なんの変哲もない地面がある。そこに穴があったことを知らない者が見れば、ただの殺風景な空き地だとしか思わないだろう。
 そんなことよりも、凪にとって重大なのは――。

「七海が、消えた……」

 まだしゃべっている途中なのに、消えた。「話したいことがある」と言っていたにもかかわらず、消えてしまった。
 それって、ようするに――。

「根鈴くん」

 後方から聞こえてきた声に、凪は体ごと振り向く。
 病院の敷地の出入り口に、制服姿の岩永月夜看護師がたたずんでいる。感情が表に出ないように押し殺しているが、そのせいで人を見下しているようにも感じられる、冷ややかな表情になっている。
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