レム

阿波野治

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別れの言葉

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 凪は走って、走って、走る。持てる力をすべて費やして、走りつづける。
 七海が走るスピードは速く、全力疾走しても引き離せない。だんだん脚が疲れてきた。息が苦しい。それでも、走るしかない。

 あんなにも会いたい、顔を見たいと願った七海から、今は逃げている。炎に身を焼かれたような姿に変わっていた。ただそれだけの理由で。あんなにも仲睦まじく交流してきた人なのに。あんなにも楽しい時間を共有してきた人なのに。

 僕は薄情なやつなのだろうか?
 逃げるのをやめて、七海と向き合うべきなのでは?
 迷いながらも、凪は走りつづける。走って、走って、走りつづけて、

 とうとう穴の外に出た。

 世界は、穴に入る前と代わり映えしなかった。入る前よりも少し、空が暗くなっているくらいで。

 穴と敷地の出入り口の中間地点で足を止めて、体ごと振り向く。七海は穴の出口付近にいるらしい。彼は身構えた。
 しかし、出てこない。姿がぎりぎり見えない位置に留まったまま、動こうとしない。

「……七海?」
「人間は」

 七海の声が聞こえた。なにかを悟ったような、身震いしそうになるくらいに静謐な声。

「人間は、誰しもいつか必ず死ぬ。だけど、死ぬまでになにかを生み出せば、死後もこの世界に残ることができる。だから、人間は子どもを産むし、ノートに詩をつづるし、洞窟の壁に絵を描くの」

 凪は不吉な予感がした。その原因は、語り手の姿が見えないことなのか。話の内容なのか。それとも語り口なのか。

「だからわたしも、あと少しの命だとわかっていたけど、折り鶴を折ってきた。生きた証を残すために折ってきた。だから、凪くんも」

 名前を呼ばれて、唐突に理解する。
 これは、別れの言葉だ。

「凪くんも、なにかを生む人になって。形あるものでなくても、すぐに消えてしまうものでも構わないから、この世界になにかを生み落として。そうすればきっと――ううん、絶対に、この世界で生きる意味が見つかるから」
「でも……。でも僕は、誰かに誇れるものを生んだことがないよ。なにを生むのも下手くそだよ。折り鶴だって、七海に教わらなかったらきれいには折れなかった」

 凪は泣きそうだった。七海と別れなければならないのが悲しいから。別れる運命は自分の力ではどうしようもないから。

「なんの取柄もない僕に、なにか生み出せるのかな。なにを残せるのかな。わからないよ。全然わからない」
「大丈夫だよ。凪くんならきっとできる。そのなにかは、凪くんが見つけるしかないから、わたしからは教えられない。でも、きっと見つかるよ。諦めなければ、いつかきっと見つかる」
「ほんとうに? 僕にはそうは思えない」
「だとしても、きっと見つかるよ。わたしが言うんだから間違いないって」
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