終末の二人

阿波野治

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 昨日の昼下がりに通った道を、昨日とは逆方向に進む。
 昨日と同じく、人も車も見かけない。鳥の鳴き声すら聞こえてこない、静かな、静かな朝。

「誰もいないねぇ」

 予想はついていたが落胆を禁じ得ない、といったふうに千帆が呟いた。商業施設が多く建ち並ぶ県道を歩いている最中のことだ。

「朝が来たから世界が元通りになっているかもしれない、なんて思ったりもしたけど、そう甘くはなかったね。鳥のさえずりが聞こえなかった時点で、駄目だろうなとは思っていたけど」
「夜が明けないけど消えた人が戻ってくるのと、二択だったらどっちがいい?」

 気軽な気持ちで投げかけた質問に、千帆は思いがけずたっぷりと考える時間をとった。そして、答えた。

「答えになっていなくてごめんだけど、朝が来て、人も戻ってくるほうが絶対にいいよ」

 いつもどおりの柔らかい表情を浮かべての返答だったから、かえって胸に刺さった。僕たちが置かれている状況の深刻さを冗談として扱うのは、金輪際やめよう。そう心に決めた。

 他愛もない会話を交わしながら歩きつづけるうちに、橋に差しかかった。人も車も通っていないのは昨日と変わらない。

 中ほどまで来たところで、どちらからともなく足を止め、欄干越しに川を眺める。昨日と同じく、澄んだ水の中に生き物の姿は見つけられない。
 眺めれば眺めるほど寂しさが募り、気分が重く淀んでいく。百害あって一利なし、とはこのことだろう。現在過去未来、僕たちを絶望に追いやる情報なり現実なりは、至るところに落ちている。それらに対してこちらからわざわざ歩み寄っていては、心がいくつあっても足りない。

 暗い感情を胸の奥に押しやり、「そろそろ行こう」と声をかけようと振り向くと、隣にいたはずの千帆が消えている。

 狼と狽、二頭の犬科の化け物が僕の中で駆け回る。欄干に添えた両手の震えかたが激しくて、自分のものではないみたいだ。欄干を強く握りしめることで振動を殺そうと試みたけど、上手くいかない。ふと気がつくと、両脚にも震えが伝播している。無理矢理動かせばなんとか歩けるものの、たった百メートルを歩くだけでも何分もかかりそうな、そんな震えかただ。

 落ち着け。とにかく落ち着くんだ、高柳秀真。震えを収める努力をいったん断念し、自分に言い聞かせる。
 ずっと川面を眺めていたけど、波紋は見なかったし、水音は聞かなかった。つまり、川に落ちたわけではない。僕たち以外の人間のように消えたか、そうでなければ、単に僕が気づかないうちに僕の視界の外に移動したか。考えられる可能性は二つに一つだ。川を眺めはじめてからそんなに時間は経っていないから、後者だとすれば、まだ目の届く範囲内にいるはず。さあ、探せ。今すぐに千帆を探すんだ、高柳秀真。

 瞬間的に四肢に力をこめ、半ば無理矢理震えを殺す。体の向きを百八十度転換させる。

 呆気なく千帆の姿を発見した。車道の真ん中を歩いている。雨上がりに、長靴を履いて水たまりの中を歩く小学生のような、弾んだ足取りで。

 本来なら安堵しなければいけない場面なのに、呆然としてしまった。
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