塵埃抄

靴下

　彼女の家に行き、彼女の部屋で彼女と遊ぶ。彼女が部屋を出て行き、手持ち無沙汰になったので、側にあったクッションを何気なくめくると、脱ぎっぱなしの靴下が現れた。人差し指と親指でつまみ上げ、においを嗅いでみる。臭い。普通に臭い。「女の子といえども、履いたあとの靴下は臭い」というショッキング極まる事実に、以降の彼女との会話において口数が少なくなる。

　一週間ぶりに彼女の家に行く。彼女が部屋を離れた隙にクッションを持ち上げると、靴下はまだあった。嗅いでみる。やはり臭い。臭いのだが、臭いなりに、一種独特の甘やかさが感じられる気がしないでもない。

　一週間後、バイトをサボって彼女の家に遊びに行った。靴下はやはりあった。靴下は、豊かで、芳醇で、色っぽい、そんなにおいがした。靴下は嗅げば嗅ぐほど、臭くなくなっていき、秘めていた長所を露わにしていくらしい。

　ここ数日、毎日のように彼女の家に足を運んでいる。そして部屋に一人きりになるたびに、クッションの下から靴下を取り出し、においを嗅ぐ。その芳しい香りを吸い込んだ僕は、恍惚として口角から涎を垂らす。どうやら彼女の靴下の芳香には中毒性があるようだ。僕はもう、彼女の靴下のにおいを嗅がずには生きていけない。

　とうとうこの時が来てしまった。
　嗅ぐのに夢中になっていたせいで、トイレから戻ってきた彼女に、靴下に顔を押しつけてにおいを嗅いでいるところを見られてしまったのだ。
　彼女は恐怖と嫌悪と軽蔑に顔を歪めて「変態」と僕を罵った。僕は必死に弁明したが、彼女は一言「死ね」と吐き捨て、靴下に包まれた右足で僕の顔面を踏みにじった。
　本望だった。