164 / 200
庭先の殺人
しおりを挟む
日曜日の昼下がりのうたた寝から目を覚まし、リビングのカーテンを開くと、六歳になる息子の健太が一人で庭にいるのが窓越しに見えた。背筋を真っ直ぐに伸ばし、両手を真横に水平に広げ、両足を揃えるという姿勢で佇立し、異様に真剣な眼差しで前方を見据えている。
健太の右足が動いた。慎重に踏み出されたそれが再び大地を踏み締めた時、右足の踵は左足の爪先に接していた。両足が縦に揃えられた恰好だ。今度は左足が動いた。左足は先程と同様の軌道を描き、右足の前に下ろされた。
真面目腐った顔つきで両手を広げ、慎重に両足を交互に踏み出す動作を繰り返すその姿は、渓谷に架された一本の細いロープの上を渡る曲芸師を連想させた。表情と足つきの真剣さと、危険に乏しい状況とのギャップに、私は健太をからかってやりたい気持ちになった。
音を立てないように裏口の扉を開け、サンダルをつっかけて庭に回り込む。健太は架空の直線上を用心深く直進する運動を一心に続けている。その足つきを真似るように地面を一歩一歩踏み締めながら健太に近づく。健太は私の接近に全く気がついていない。
とうとう背後まで来た。
健太が踏み出した右足が、左足の前方に静かに下ろされる瞬間を狙って、驚かすような一声と共に背中を軽く押した。ほんの軽い力だったのだが、不意をつかれた健太は大きくバランスを崩し、前のめりに倒れた。
数拍の間があった。健太は両手をついて上体を起こし、顔をこちらに振り向けた。私は口にしかけた軽口を呑み込んだ。憎悪に満ち満ちた二つの瞳に睨まれたからだ。あたかも他殺された死者が、死後の世界から、自分を殺した相手を怨みがましく睨めつけるかのような、そんな眼差しだった。
健太の右足が動いた。慎重に踏み出されたそれが再び大地を踏み締めた時、右足の踵は左足の爪先に接していた。両足が縦に揃えられた恰好だ。今度は左足が動いた。左足は先程と同様の軌道を描き、右足の前に下ろされた。
真面目腐った顔つきで両手を広げ、慎重に両足を交互に踏み出す動作を繰り返すその姿は、渓谷に架された一本の細いロープの上を渡る曲芸師を連想させた。表情と足つきの真剣さと、危険に乏しい状況とのギャップに、私は健太をからかってやりたい気持ちになった。
音を立てないように裏口の扉を開け、サンダルをつっかけて庭に回り込む。健太は架空の直線上を用心深く直進する運動を一心に続けている。その足つきを真似るように地面を一歩一歩踏み締めながら健太に近づく。健太は私の接近に全く気がついていない。
とうとう背後まで来た。
健太が踏み出した右足が、左足の前方に静かに下ろされる瞬間を狙って、驚かすような一声と共に背中を軽く押した。ほんの軽い力だったのだが、不意をつかれた健太は大きくバランスを崩し、前のめりに倒れた。
数拍の間があった。健太は両手をついて上体を起こし、顔をこちらに振り向けた。私は口にしかけた軽口を呑み込んだ。憎悪に満ち満ちた二つの瞳に睨まれたからだ。あたかも他殺された死者が、死後の世界から、自分を殺した相手を怨みがましく睨めつけるかのような、そんな眼差しだった。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説



アレンジ可シチュボ等のフリー台本集77選
上津英
大衆娯楽
シチュエーションボイス等のフリー台本集です。女性向けで書いていますが、男性向けでの使用も可です。
一人用の短い恋愛系中心。
【利用規約】
・一人称・語尾・方言・男女逆転などのアレンジはご自由に。
・シチュボ以外にもASMR・ボイスドラマ・朗読・配信・声劇にどうぞお使いください。
・個人の使用報告は不要ですが、クレジットの表記はお願い致します。

ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる