塵埃抄

阿波野治

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値段

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 自宅近くに大規模小売店が新しく開店したので、行ってみた。
 広大な店内には、食品や日用品は勿論、ペット用品から家電製品まで、様々な商品が販売されていた。今朝、郵便受けに入っていたチラシに記されていた「圧倒的豊富な品揃え」という謳い文句は偽りではないようだ。
 店内を歩き回っていると、商品を棚に陳列している女性店員が目に留まった。横顔の愛らしい、若い女性だ。下心から彼女の名札を見て、呆気に取られた。名前の横に「999999円」と書かれていたのだ。商品の値札が貼りついているのかと思ったが、値段は名札に直に記されている。好奇心を抑えきれず、彼女に尋ねた。
「あなたの名札に、値段のような数字が記されていますが、どういう意味ですか?」
「私の値段です。この店の中にあるものは全て、この店の商品ですから」
 にこやかな表情で店員は答えた。私は生唾を呑み込んだ。
「私がその金額を支払いさえすれば、あなたは私のものになる、という解釈でよろしいですか?」
 彼女は微笑みを崩さずに頷いた。その愛らしい笑顔に、私の心臓は射抜かれた。安い買い物ではないが、手が届かない値段ではない。
 不足分をATMで引き出してこようと、駆け出した矢先、何者かが進路に立ちはだかった。煌びやかな衣装に身を包んだ、恰幅のいい中年女性だ。女性は舐めるように私の全身を眺め回し、独り言のように呟いた。
「値段の割に丈夫そうだし、肉体労働をさせるにはちょうどよさそうね。人を雇うより、断然お得だわ」
 ある予感に駆られ、自分の左胸を見ると、「500円」と記された値札が貼られていた。
「餌代がかかるのが難点だけど、安物のドッグフードでも与えておけば、充分に元は取れるわよね」
 女性の左胸の値札には、私の月収の千倍を超える数字が記されている。
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