塵埃抄

島

　Ｙ団地に住むあなたが目的地に辿り着くには、最寄りのバス停からＮ駅行きのバスに乗ってＮ駅まで行き、Ｓ島行きのバスに乗れば、最も移動時間が短く、運賃が安く済む。しかしＳ島行きのバスの便数は多くないため、時間帯によっては長時間待たなければならない。それを避けるには、多少移動時間が長くなり、運賃が高くなるが、Ｈ団地から徒歩十分の場所にあるＫ駅からＴ駅行きの電車に乗り、Ｔ駅でＳ島行きのバスに乗り替えればいい。降りる停留所は、Ｓ島に入って七つめに当たる、Ｏ海岸前。そこから目的地に辿り着くには、右手にＯ海岸を、左手にリゾート施設Ｌの跡地を見ながら、道を道なりに進む。道幅が狭いにもかかわらずスピードを出す車が多いので、気をつけて歩かなければならない。五百メートルほど進むと、交差点に差しかかるので、左折する。さらに百メートルあまり進むと、Ｔ字路に突き当たるので、今度は右折する。それからは一本道なので、迷う心配はない。一分も歩かないうちに、前方に古びた木造の小屋が見える。そこがあなたの目的地だ。
　小屋に辿り着いたあなたは、扉のつっかい棒を取り外し、中に入る。小屋の内部は薄暗く、がらんとしている。埃っぽく、いささか黴臭い。小屋の奥で緑色に光るものがある。あなたは光源へと歩を進める。
　床に一台のケージが置かれている。その中に一匹の猫が収容されている。目やにのこびりついた緑色の瞳。艶のない黒い体毛。骨と皮だけの体。
　黒猫は、あなたの恋人の変わり果てた姿だ。
　あなたは恋人を元の姿に戻したい。しかしあなたの力では、人間に戻すどころか、ケージの扉を開けることさえ叶わない。
　あなたはケージに背を向け、恋人の視線を背中に感じながら小屋を後にする。扉のつっかい棒を元に戻し、来た道を引き返し始める。