塵埃抄

阿波野治

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詐病

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 総合病院の待合室でテレビを観ていた英輔は、呆れ果てた。両耳が聞こえないハンデを乗り越えて数々の優れた楽曲を発表し、「奇跡の作曲家」と呼ばれていた村内守が、実際は楽曲の制作には携わっておらず、彼が作ったとされる曲は全てゴーストライターが作曲していた、というニュースを見たからだ。
「とんでもない野郎がいたもんだなあ」
 呆れ果てた英輔は、思わず独り言を洩らした。
「平気で人を騙して、馬鹿にしてやがる」
「聞き捨てなりませんねぇ」
 英輔に声をかけてきたのは、おばさんくさい帽子を被った、初老の女性。女性は憤然たる面持ちで英輔に食ってかかった。
「聴覚障害者は、障害を持つ苦労や、周りの人間からの差別と偏見と無理解と常に戦いながら、それでも前向きに生きているんですよ。だのに、『聴覚障害者はみんな聞こえないふりをしている』だなんて、いくらなんでも酷すぎるんじゃありませんか」
「僕は村内氏個人がしたことを非難しただけであって、聴覚障害者全般を悪く言ったつもりはありません。それに、『聴覚障害者はみんな聞こえないふりをしている』なんて、僕は一言も言っていませんよね」
 英輔は沈着冷静に反論した。初老の女性は舌打ちし、帽子を床に叩きつけた。そして感情に任せてなにか叫ぼうとした。
 その時、診察室のドアが開き、女性看護師が顔を出した。彼女が患者の名前を呼ぶと、初老の女性は顔から怒りの色を消し、返事をした。診察室に向かって歩き出した背中に、英輔は質問を投げかけた。
「あなたはどうして、それほどまでに強く、聴覚障害者の味方をするのですか?」
「決まっているじゃない。私も聴覚障害者だからよ。両耳が聞こえないの、私」
 そう答え、初老の女性は精神科の診察室へと消えた。
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