塵埃抄

初冬の夜に

　季節は秋を忘れて、冬を先に届けてしまったらしい。
　外出するのが億劫に感じるほど寒い一日だ。眠る時は毛布を何重にも被って凝然としていればいいが、起きている時はそうはいかない。重ね着をするにも限界があり、纏うのも過ぎれば身動きがとれなくなる。だからといって服装を軽くすれば、寒さが容赦なく心身を苛む。全くもって冬は面倒な季節だ。
　私がこうも寒さに悩まされているのは、家のエアコンが壊れてしまったからだ。我が家に暖房器具はそれしかないので、実に不便を被っている。修理を依頼した業者からは、「今からそちらに伺います」と電話があって以降、連絡が途絶えていた。
　寒さと侘びしさを紛らわすべく、愛用のコーヒーカップに温かいコーヒーを淹れる。それを少しずつ口にして、凍えてしまいそうな時間をやり過ごす。褐色の水面に吹きかけた吐息の白さを直視しながら。味わい慣れた苦みを己の身の上に重ね合わせながら。
　不意に玄関のチャイムが鳴った。
　玄関ドアを開けると、修理業者の男性が愛想のいい笑みを浮かべて立っていた。男性の靴に濡れた落ち葉が貼りついているのを認めて、思い出した。そういえば、今日は一日中雨の予報だった。
　だからこんなにも寒かったのか。
　雨の中、私の家までやって来たこの業者さんは、さぞ寒い思いをしただろうな。いや、車で来たのだから、そうでもないのかな。
　さっきまで震えながら過ごしていたくせに、寒さの元凶を悟った途端、他人を気遣い出した変わり身の早さが、我ながらおかしかった。
　修理の結果、エアコンの機能は正常に復した。
　業者の男性を見送り、暖まりつつある部屋に引き返し、しばらくぶりにコーヒーに口をつける。すっかり冷めていたが、そのことに頓着しない私がそれを一息に飲み干した。