塵埃抄

阿波野治

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ありふれた殺人事件

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 電器店が軒を連ねる大通り。晴天に恵まれた休日の午後とあって、老若男女を問わず多くの人々が行き交い、活気に満ちた賑わいに包まれている。
 突然、喧騒を裂くように銃声が轟いた。ある者は足を止めて怪訝そうに周囲を見回し、ある者は携帯電話の画面を確認し、ある者は何食わぬ顔で歩行を続ける。
 こぢんまりとした古書店の店先で、若い男性が体をくの字に折って路上に倒れ、ジーンズに包まれた右太股を両手で押さえている。両手が宛がわれている箇所には、十円硬貨よりも一回り小さい穴が穿たれ、そこから滴る鮮血が周囲の路面を赤く汚している。男性は顔を大きく歪め、弱々しい呻き声を間断なく洩らしている。
 呻吟する男性の前後左右を、ある者は携帯電話を操作しながら、ある者は友人と会話をしながら、ある者はアイスクリームを舐めながら、彼を一瞥することなく通り過ぎていく。
 男性の前で通行人が足を止めた。黒い紳士服に身を包んだ、白髪の老爺だ。老爺は男性の太股の傷を凝視し、次いで男性の苦悶に歪む表情を眺めた。顔に軽蔑の色がありありと浮かんだ。
「銃弾を一発食らっただけでこのざまとは、情けないのう、近頃の若いのは。わしが若い頃は、たとえ脚を撃たれたとしても、目の前にいる敵兵は這ってしてでも討ち取れと、厳しく教え込まれたものだが」
 言葉を切り、悪戯っぽく口角をつり上げる。
「ま、わしは徴兵検査で弾かれたから、銃を握ったことは一度もないがのう」
 老爺が立ち去って間もなく、男性の呻き声が消え入るように途絶えた。
 通行人は動かなくなった男性を大きく避けるようにして、彼の前後左右を通り過ぎていく。
 血溜まりは、最早それほどまでに面積を広げていたのだ。
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