塵埃抄

阿波野治

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死者が芽吹く

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 夫が長女を連れて家を出て行って以来、美佐子は長男の忠士に過度の期待を注ぐようになった。息子に対する彼女の思いは時として、束縛・暴力・侮言などの形で表現された。理不尽な仕打ちに、忠士は歯を食いしばって耐えた。かつての最愛の人を、彼はいつしかこの世で最も憎むようになっていた。
 晩夏の早朝、激しい口論の末、忠士は母を絞殺した。殺すつもりはなかったのだが、溜まりに溜まったどす黒い感情が噴出し、理性を凌駕したのだ。忠士の頬を涙が伝った。母を殺してしまったこと、母が死んでしまったこと、その両方が悲しく、そして悔やまれた。
 時間の経過と共に冷静さを取り戻した忠士は、遺体を庭に埋めた。猫の額ほどしかない、家族四人で暮らしていた時代には花壇があった場所に。かつては花々が咲き誇っていた土は柔らかく、作業は一夜のうちに完了した。
 翌日より、遺体を埋めた場所に如雨露で水を撒くのが忠士の日課となった。彼は幼少時、死者を埋葬した土から植物のように死者が芽吹く、という内容の物語を読んだことがあった。母に生き返ってほしい。優しかった頃の母に再び会いたい。そんな願いを実現させるための行動だった。
 一週間後、土から黄緑色の芽が萌え出た。芽の成長は早く、一週間が経つと、忠士の背丈ほどに成長した。見た目は茄子科の植物に似ていた。植物はやがて、たった一つ、実をつけた。初めビー玉ほどだったそれは、成長と共に細長く複雑に形を変えていき、丸みを帯びた先端部に女性の顔らしき模様が浮かび上がった。
 やがて収穫の時が来た。
 実を茎から切り離すと、たちまち人間となって動き始めた。人間は、紛れもなく美佐子だった。息子を認めるや否や、彼女は大仰に顔を歪め、部屋が散らかっていること、食事時にもかかわらず食べるものが用意されていないこと、彼の身だしなみがきちんとしていないことなどを矢継ぎ早に指摘し、彼を厳しく非難した。
 忠士は再び母を絞め殺した。
 遺体をどう処理するかについては、考えるまでもなかった。
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