塵埃抄

阿波野治

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引っ越せおばさんとの対決

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 新居の隣家に住む河野さんは、闊達で親切な奥様だ。立ち話をしたり、貰い物をお裾分けし合ったりと、引っ越した当初、私たちの関係は良好だった。
 しかしある朝、布団を叩く音がうるさい、と私が河野さんに苦情を申し立てたのを境に、私たちの間に不穏な空気が漂い始めた。私としてはやんわりと注意したつもりだったのだが、河野さんは気を悪くしたらしい。
 河野さんが奇行を見せるようになったのは、その翌日からだ。
「引っ越せ! 引っ越せ! さっさと引っ越せ! どつくぞ!」
 などと節をつけて喚きながら、一日中ベランダで布団を叩くようになったのだ。
 お願いですから静かにしていただけませんか、と低姿勢で頼み込んでも、河野さんは頑として取り合ってくれなかった。私が引っ越すまで行為を止めないつもりらしい。
 法律に詳しい知人に相談したが、河野さんがしている類の迷惑行為を取り締まる条例がこの町にはないため、裁判所に訴えてもどうにもならないという。
 隣家からの騒音は日増しに喧しさを増していく。いつ終わるとも分からない地獄のような日々に、私は気が狂いそうだった。
 しかしある日を境に、布団を叩く音は途絶えた。それだけではなく、河野さんの姿も見かけなくなった。怪訝に思い、向かいの家の奥さんにそれとなく尋ねてみたところ、河野さんは腱鞘炎を患い、療養のために実家に帰っているという。
 河野さんは、度を超して布団を叩いたせいで、手首を痛めてしまったのだ。
 こうして河野さんが引き起こした奇妙な騒動は、河野さんの自滅という形で幕を閉じ、私は安心して眠れる夜を取り戻した。
 でも、怪我が治って河野さんが戻ってきた時のことを考えると怖いし、どこか別の土地に引っ越そうかしら。
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