塵埃抄

阿波野治

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酷暑の毒

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 酷暑だった。駅へと続く道を歩きながら、俺は苛々していた。半分は暑さ、半分は与田のせいだ。俺と与田は、地域のバレーボール教室で指導員として子供たちを教えているが、指導方針を巡って対立していた。
 あいつのやり方は間違っている。バレーボールを始めて間もない子供に、時代錯誤のきつい練習ばかりやらせて、なんになるのか。技術云々よりも、まずは競技の楽しさを知ってもらうべきだろうに。
 喉が渇いて仕方なかったので、自販機で烏龍茶を買った。取り出し口の扉を開けると、烏龍茶とコーラ、二本の缶が入っていた。手に取ると、茶の缶は冷たく、コーラの缶はぬるい。両方ともタブは開いていなかった。
 ぬるい。未開封。この二点から考えて、取り忘れと解釈するのが妥当だろう。喉が渇いているし、二本とも飲んでしまおうか。だが、万が一、愉快犯が毒物を混入していたらと考えると恐ろしい。だからといって、警察に届け出るのも大袈裟だという気がする。
 二本の缶を手に近くの公園に入り、ベンチに腰を下ろす。とりあえず烏龍茶の缶を開け、飲んでいると、いつの間にか目の前に五歳くらいの女児が佇み、物欲しそうな目で俺を見つめていた。知能の発達が遅れている子だと一目で分かった。バレーボール教室で日常的に子供たちと接しているから分かるのだが、この手の子供は相手をするのが面倒臭い。そこでコーラを利用することにした。
「これをあげるから、あっちのベンチで飲みなさい」
 女児は目を輝かせてコーラを受け取った。向かいのベンチに座り、タブを開けて缶に唇をつける。
 一口飲んだ瞬間、女児の体が痙攣し始めた。缶が手から落ち、女児は力なく地面に倒れた。慌てて駆け寄ると、女児は顔が紫色で、口から泡を吹いていた。
 後で知ったのだが、その女児は与田の一人娘だったらしい。
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