塵埃抄

阿波野治

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鉢植え

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 その鉢植えは、去年の元日に植木市で買いました。
 売り場を冷やかしていると、男に声をかけられたのです。鳥打ち帽を目深に被った、年齢不詳の男でした。男の露店には、小さな鉢植えがいくつも並べられていたのですが、男はそのうちの一つを指して、独居老人に誂え向きの品種だから買っていかないか、と言うのです。男はにやついていました。植物を買うつもりはなかったのですが、男の宣伝文句に興味をそそられたのもあって、勧められた鉢植えを購入しました。値段ですか? 千円ちょうどでした。
 鉢植えの土から芽は出ていませんでしたが、「そのうちに出てくる」とのことでしたので、毎日水をやりました。毎朝欠かさずにやったのですが、一向に土に変化は現れません。季節が移ろい、一巡しても、芽は出ないままです。騙されたのかな、と遅まきながら思い始めたのですが、所詮千円のものですから、腹を立てることもなく、惰性で世話を続けました。
 変化が現れたのは、つい先日、鉢植えを購入してから一年と一か月が経った時のことでした。毎朝のように庭先に出ると、鉢植えの土の表面から、なにやら白いものが突き出ているではありませんか。間近で見て、仰天しました。なにせ土から、人間の手の親指ほどの大きさの、赤裸の少女が生えていたのですから!
 少女は円らな瞳で私を見つめ、「わたしを食べて」としきりに訴えかけてきました。彼女は食用植物の精霊なのだ、と私は合点しました。彼女にとって幸福とは、私たち人間に賞味されることに違いありません。
 そこで私は、彼女を土から引き抜き、塩茹でにして食べました。
 味ですか? とても美味しかったですよ。精霊自身も、食べられるのが余程嬉しかったらしく、湯に入れられる直前まで歓声を上げていましたよ。「嫌だぁ! 死にたくないよぉ!」ってね。……へっへっへ。
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