塵埃抄

阿波野治

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密室の悪夢

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 京都行きの新快速電車が姫路駅を発って間もなく、吊革に掴まっていたエリは、臀部に硬い手の感触を覚えた。背筋に悪寒が走った。痴漢だ、と思った。車内は満員だった。
 手は下着越しに尻の膨らみを揉みほぐすような動きを見せた。エリは言い様のない不快感を覚えた。吊革を握っていない方の手を後ろに回し、痴漢の手を払い除けようと試みた。だが敵は執拗に尻を揉み続け、決して行為を止めようとはしない。
 不快感は恐怖に変わりつつあった。エリは痴漢の被害に遭ったことは何度もあったが、太股や尻を軽く撫でられる程度で、今回のように図々しい痴漢は初めてだった。恥辱に甘んじるのは耐え難かったが、声を上げて助けを求めるのは躊躇われた。衆人環視の中で被害を自己申告するのが気恥ずかしかったのだ。
 新快速は加古川駅に停車した。エリは降車客の流れに混じって車内を移動し、出入り口付近で足を止めた。これで痴漢から逃れられる。安堵の息をついた。
 だが電車が走り始めてすぐ、エリの臀部を何かが撫でた。硬い感触だった。紛れもなく、先程の痴漢の手だった。
 エリは痴漢者の執念深さに慄然とすると同時に、自ら行動を起こす必要性を強く感じた。降りる駅は終点の京都駅で、着くにはまだ時間がかかる。その間、この恥辱に耐え続けるくらいなら、その場限りの気恥ずかしさを押し殺して声を上げた方がいいに決まっている。
 意を決したエリは、己の臀部を触っていた手の手首を掴むと、それを高らかに掲げ、この人痴漢です、と叫んだ。
 瞬間、車両内にいた全ての乗客が一斉にエリに視線を注いだ。
 エリは戦慄した。
 乗客は全員男性で、一人の例外もなく、蜘蛛の巣に囚われて藻掻く羽虫を見るような、冷ややかな色を双眸に湛えていた。
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