9 / 200
焼香
しおりを挟む
線香の匂いが充満した陰気くさい狭い和室で、掛け布団を顎まで被って仰臥した故人と、喪服姿の遺族一同に挟まれて、紫色の法衣を着た坊さんが一人、経を読んでいる。
回し焼香が始まった。葬儀の場に参列する機会が滅多にない私は、遺族の手元を注視した。まず香炉に合掌する。右手で香を少量つまみ、額まで持っていき、それから香炉に落とす。これを三回繰り返し、再び合掌、香炉を次の者に回す。そのような手順を経るものなのだと了解した。
香炉が私のところまで来た。私は遺族の作法を参考に焼香を行った。滑り出しは順調かに思われたが、すぐにつまずいた。香をつまみ、香炉に落としているうちに、何回そうしたかが自分の中で曖昧になったのだ。二回だっただろうと判断し、もう一度行ったが、その直後、既に三回所作をこなし、これが四回目だったことに気がついた。
「四」という数字は「死」を連想させ、葬儀の場には好ましくない。私は慌てて、もう一度香をつまみ、香炉に落とした。四よりは五の方がいいだろう、という判断からだったが、奇数回は中途半端だという気がした。そこで六回目を行ったが、いっそ七回した方が縁起がいいのでは、という思いに駆られ、間髪を入れず七回目を実行した。だが幸運の数字からも、奇数から受ける中途半端の感は拭えない。八回、九回、十回、十一回と続けるうちに、収拾がつかなくなり、香をつまんでは落とす手を止められなくなった。
異変に気がついたらしく、遺族一同がざわつき始めた。坊さんは何食わぬ顔で経を唱え続けている。遺族からも、坊さんからも、助け船は出されない。
どうすればいいんだ、私は。
機械的に焼香を繰り返しながら、救いを求めて、故人の死に顔に眼差しを注いだ。
見覚えのない顔だった。
回し焼香が始まった。葬儀の場に参列する機会が滅多にない私は、遺族の手元を注視した。まず香炉に合掌する。右手で香を少量つまみ、額まで持っていき、それから香炉に落とす。これを三回繰り返し、再び合掌、香炉を次の者に回す。そのような手順を経るものなのだと了解した。
香炉が私のところまで来た。私は遺族の作法を参考に焼香を行った。滑り出しは順調かに思われたが、すぐにつまずいた。香をつまみ、香炉に落としているうちに、何回そうしたかが自分の中で曖昧になったのだ。二回だっただろうと判断し、もう一度行ったが、その直後、既に三回所作をこなし、これが四回目だったことに気がついた。
「四」という数字は「死」を連想させ、葬儀の場には好ましくない。私は慌てて、もう一度香をつまみ、香炉に落とした。四よりは五の方がいいだろう、という判断からだったが、奇数回は中途半端だという気がした。そこで六回目を行ったが、いっそ七回した方が縁起がいいのでは、という思いに駆られ、間髪を入れず七回目を実行した。だが幸運の数字からも、奇数から受ける中途半端の感は拭えない。八回、九回、十回、十一回と続けるうちに、収拾がつかなくなり、香をつまんでは落とす手を止められなくなった。
異変に気がついたらしく、遺族一同がざわつき始めた。坊さんは何食わぬ顔で経を唱え続けている。遺族からも、坊さんからも、助け船は出されない。
どうすればいいんだ、私は。
機械的に焼香を繰り返しながら、救いを求めて、故人の死に顔に眼差しを注いだ。
見覚えのない顔だった。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説



アレンジ可シチュボ等のフリー台本集77選
上津英
大衆娯楽
シチュエーションボイス等のフリー台本集です。女性向けで書いていますが、男性向けでの使用も可です。
一人用の短い恋愛系中心。
【利用規約】
・一人称・語尾・方言・男女逆転などのアレンジはご自由に。
・シチュボ以外にもASMR・ボイスドラマ・朗読・配信・声劇にどうぞお使いください。
・個人の使用報告は不要ですが、クレジットの表記はお願い致します。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる