塵埃抄

阿波野治

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焼香

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 線香の匂いが充満した陰気くさい狭い和室で、掛け布団を顎まで被って仰臥した故人と、喪服姿の遺族一同に挟まれて、紫色の法衣を着た坊さんが一人、経を読んでいる。
 回し焼香が始まった。葬儀の場に参列する機会が滅多にない私は、遺族の手元を注視した。まず香炉に合掌する。右手で香を少量つまみ、額まで持っていき、それから香炉に落とす。これを三回繰り返し、再び合掌、香炉を次の者に回す。そのような手順を経るものなのだと了解した。
 香炉が私のところまで来た。私は遺族の作法を参考に焼香を行った。滑り出しは順調かに思われたが、すぐにつまずいた。香をつまみ、香炉に落としているうちに、何回そうしたかが自分の中で曖昧になったのだ。二回だっただろうと判断し、もう一度行ったが、その直後、既に三回所作をこなし、これが四回目だったことに気がついた。
「四」という数字は「死」を連想させ、葬儀の場には好ましくない。私は慌てて、もう一度香をつまみ、香炉に落とした。四よりは五の方がいいだろう、という判断からだったが、奇数回は中途半端だという気がした。そこで六回目を行ったが、いっそ七回した方が縁起がいいのでは、という思いに駆られ、間髪を入れず七回目を実行した。だが幸運の数字からも、奇数から受ける中途半端の感は拭えない。八回、九回、十回、十一回と続けるうちに、収拾がつかなくなり、香をつまんでは落とす手を止められなくなった。
 異変に気がついたらしく、遺族一同がざわつき始めた。坊さんは何食わぬ顔で経を唱え続けている。遺族からも、坊さんからも、助け船は出されない。
 どうすればいいんだ、私は。
 機械的に焼香を繰り返しながら、救いを求めて、故人の死に顔に眼差しを注いだ。
 見覚えのない顔だった。
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