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足踏み
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やっとのことで橋を渡り切ると、開けた場所に出た。神木だろうか。幹回りが太い、仰いでも最上部が視認できないほどの大樹が空間の中央にそびえ立っている。千年以上前からこの地に君臨していそうな巨大さだ。参道は大樹に突き当たって二手に分岐し、幹の外周に沿って弧を描き、奥へと続いている。
参道を除く領域には砂利が隙間なく敷き詰められている。砂利が占める領域は広大で、参道を無視して歩いている人間も多数いるため、人声よりも小石と小石が擦れ合う音の方が目立っている。
広場の外縁に沿い、手水場、社務所、その他の正式名称が定かではない木造の小さな建物、などが建っているのが確認できる。中でも社務所は最も大きく、周囲にいる人間の数も多い。逆に手水場はこぢんまりとしていて、その場所に集っている者は皆無だ。
参道を直進し、神木を右に迂回するルートを通行する。案の定、コースは木の裏側で合流していた。一本化された道をさらに奥へと進むと、本殿がある。社務所よりも一回り大きく、古色蒼然としていて荘厳な雰囲気が感じられる。賽銭箱の前には多くの参拝客が集っている。社務所の周囲と比較しても人口密度が高く、元日並みの混雑ぶりだ。
参道は拝殿に行き当たって終わっている。
ここが終点、なのだろうか。
では、ベアトリーチェは?
周囲を見回したが、彼女の姿は認められない。存在も感知できない。即ち、この場所に彼女は不在ということだ。
そう理解しながらも、参拝客の通行の邪魔になっていると自覚しながらも、一点に佇み、時間をかけて目で探した。第六感でも探した。しかし、ベアトリーチェの存在を捕捉することは叶わない。
ただ、探索の結果として、私の左斜め前方、本殿と社務所の間に、何らかの施設の出入口があるのを発見した。
向き直って目を凝らした結果、開け放たれた門だと判明した。門を潜り抜けた先、遥か前方には、グレーの外壁の二階建ての建物が建っている。私の目には校舎に見える。敷地内に人の姿は確認できず、門改め校門を出入りする人間はいない。
終点はこの広場ではない、あそこを通って終点まで行け、ということか。
私は直ちにそちらへ向かった。迷いはなかった。そちらへ行けばベアトリーチェに到達できる、という確信があった。
校門を潜って敷地内に足を踏み入れる。舗装された道は設けられていないが、多くの人間が日常的に行き来し、地面が踏み固められたことでできたと思われる、雑草一本生えていない帯状の道が、一直線に校舎へと通じている。
右手にはグラウンドがあるが、人の姿はない。片隅に移動式のバックネットが寂然と佇んでいるのを除外すれば、備品の類は置かれていない。ただでさえ広い上、人も物も存在しないため、酷く寂しい。加えて胸に迫ってくるのは、学校の敷地に二十七歳の男が無断で足を踏み入れ、無許可に歩いている背徳感。
校門を潜ったのを境に、私はネガティブな気分に侵されつつあった。いよいよベアトリーチェに到達するその時が近づいてきているから。それ以外に考えられない。
私がこれから遭遇する人物は、河原で玉蜀黍を食べていた猿のように、私にとって何らかの重要な意味を持つ。そんな気がしてならない。最初の不可解な存在が猿の姿で現れたのだから、人間の形をしていない可能性もある。誰が、どこで、どのような姿で待ち受けているのか。想像がつかないし、事前に予想を立てるのは却って危険に思える。
校舎が眼前に迫った。道とは呼べない道の終点に待ち構えていたのは、灰色の鉄製のドア。そのすぐ左に階段があり、二階へと続いている。
数秒の思案を経て、後者を進むことを選択する。校舎の中に入れば、生徒や教師との遭遇は避けられない、と考えたからではない。この道こそがベアトリーチェに通じる道だ、と直覚したからだ。
ドアと同じく鉄製の階段を、なるべく靴音を立てないように上る。
四段目に左足をかけた直後、淡く甘美な匂いを感じた。瞬時に全身が強張り、両脚の動きが停止する。俯いていた顔を持ち上げる。
私の左足の四段上に、少女がいた。
上下共に紺色の制服。肩までの長さの金色がかった茶髪。こちらに背を向けているので顔は見えない。スカートの丈が短く、肉づきのいい白い太ももが剥き出しになっている。膝より下は黒色の靴下に包まれ、ココア色のローファーを履いている。
頭髪を染めていることといい、スカートの短さといい、典型的な十代の女子学生といった容姿だが、明らかに異常な点が一つある。女子生徒は階段を上るのではなく、現在自らがいる段で足踏みを繰り返しているのだ。足踏みを目的とした足踏みではなく、階段を上ろうとしているが上れていないが故の足踏み、といった様子に見える。もっとも、焦ったり、戸惑ったり、怯えたり、といった素振りを彼女は見せていない。
間違いない。彼女は猿と同類だ。
女子生徒の脚が動くたびにスカートの裾が揺らめく。丈が短いせいで今にも下着が見えそうだが、見えない。辛うじて見えない。あと一ミリでも大きく跳ねれば、下着の色が目に映るはずだが、その一ミリが遠い。性的な好奇心は覚えないが、ベアトリーチェにまつわる何らかの秘密が隠されている気がして、注目を外すことができない。
参道を除く領域には砂利が隙間なく敷き詰められている。砂利が占める領域は広大で、参道を無視して歩いている人間も多数いるため、人声よりも小石と小石が擦れ合う音の方が目立っている。
広場の外縁に沿い、手水場、社務所、その他の正式名称が定かではない木造の小さな建物、などが建っているのが確認できる。中でも社務所は最も大きく、周囲にいる人間の数も多い。逆に手水場はこぢんまりとしていて、その場所に集っている者は皆無だ。
参道を直進し、神木を右に迂回するルートを通行する。案の定、コースは木の裏側で合流していた。一本化された道をさらに奥へと進むと、本殿がある。社務所よりも一回り大きく、古色蒼然としていて荘厳な雰囲気が感じられる。賽銭箱の前には多くの参拝客が集っている。社務所の周囲と比較しても人口密度が高く、元日並みの混雑ぶりだ。
参道は拝殿に行き当たって終わっている。
ここが終点、なのだろうか。
では、ベアトリーチェは?
周囲を見回したが、彼女の姿は認められない。存在も感知できない。即ち、この場所に彼女は不在ということだ。
そう理解しながらも、参拝客の通行の邪魔になっていると自覚しながらも、一点に佇み、時間をかけて目で探した。第六感でも探した。しかし、ベアトリーチェの存在を捕捉することは叶わない。
ただ、探索の結果として、私の左斜め前方、本殿と社務所の間に、何らかの施設の出入口があるのを発見した。
向き直って目を凝らした結果、開け放たれた門だと判明した。門を潜り抜けた先、遥か前方には、グレーの外壁の二階建ての建物が建っている。私の目には校舎に見える。敷地内に人の姿は確認できず、門改め校門を出入りする人間はいない。
終点はこの広場ではない、あそこを通って終点まで行け、ということか。
私は直ちにそちらへ向かった。迷いはなかった。そちらへ行けばベアトリーチェに到達できる、という確信があった。
校門を潜って敷地内に足を踏み入れる。舗装された道は設けられていないが、多くの人間が日常的に行き来し、地面が踏み固められたことでできたと思われる、雑草一本生えていない帯状の道が、一直線に校舎へと通じている。
右手にはグラウンドがあるが、人の姿はない。片隅に移動式のバックネットが寂然と佇んでいるのを除外すれば、備品の類は置かれていない。ただでさえ広い上、人も物も存在しないため、酷く寂しい。加えて胸に迫ってくるのは、学校の敷地に二十七歳の男が無断で足を踏み入れ、無許可に歩いている背徳感。
校門を潜ったのを境に、私はネガティブな気分に侵されつつあった。いよいよベアトリーチェに到達するその時が近づいてきているから。それ以外に考えられない。
私がこれから遭遇する人物は、河原で玉蜀黍を食べていた猿のように、私にとって何らかの重要な意味を持つ。そんな気がしてならない。最初の不可解な存在が猿の姿で現れたのだから、人間の形をしていない可能性もある。誰が、どこで、どのような姿で待ち受けているのか。想像がつかないし、事前に予想を立てるのは却って危険に思える。
校舎が眼前に迫った。道とは呼べない道の終点に待ち構えていたのは、灰色の鉄製のドア。そのすぐ左に階段があり、二階へと続いている。
数秒の思案を経て、後者を進むことを選択する。校舎の中に入れば、生徒や教師との遭遇は避けられない、と考えたからではない。この道こそがベアトリーチェに通じる道だ、と直覚したからだ。
ドアと同じく鉄製の階段を、なるべく靴音を立てないように上る。
四段目に左足をかけた直後、淡く甘美な匂いを感じた。瞬時に全身が強張り、両脚の動きが停止する。俯いていた顔を持ち上げる。
私の左足の四段上に、少女がいた。
上下共に紺色の制服。肩までの長さの金色がかった茶髪。こちらに背を向けているので顔は見えない。スカートの丈が短く、肉づきのいい白い太ももが剥き出しになっている。膝より下は黒色の靴下に包まれ、ココア色のローファーを履いている。
頭髪を染めていることといい、スカートの短さといい、典型的な十代の女子学生といった容姿だが、明らかに異常な点が一つある。女子生徒は階段を上るのではなく、現在自らがいる段で足踏みを繰り返しているのだ。足踏みを目的とした足踏みではなく、階段を上ろうとしているが上れていないが故の足踏み、といった様子に見える。もっとも、焦ったり、戸惑ったり、怯えたり、といった素振りを彼女は見せていない。
間違いない。彼女は猿と同類だ。
女子生徒の脚が動くたびにスカートの裾が揺らめく。丈が短いせいで今にも下着が見えそうだが、見えない。辛うじて見えない。あと一ミリでも大きく跳ねれば、下着の色が目に映るはずだが、その一ミリが遠い。性的な好奇心は覚えないが、ベアトリーチェにまつわる何らかの秘密が隠されている気がして、注目を外すことができない。
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