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最後の挑戦⑥
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路面が未舗装になったとたん、ぬかるみに足をとられてチグサが転んだ。怪我はなかったが、上下の服は盛大に土に汚れた。すぐさまタオルで拭ったものの、泥を擦りこむだけの結果しか生まないと分かり、作業を打ち切る。数分後に再び転び、助け起こそうとしたナツキも転倒したため、二人とも全身泥まみれになった。
それでも二人は進み続けた。疲れを隠せなくなってきてはいたが、絶望に通じる疲れではない。一言も口をきかずに、機械的に両脚を動かし続ける時間は、奇妙な心地よさがあった。
その瞬間は唐突に訪れた。
疎らに建ち並んでいた家屋の列が急に途切れたかと思うと、濃緑色の塊がありのままの姿を眼前に晒した。道は塊にダイレクトで接続し、さらに奥へと続いている。二人は顔を見合わせた。
「林の入口……!」
二人とも転んで泥に汚れるという目に遭っているだけに、走っての移動は自制したが、それでも足は急いた。
入口には、注意書きが記された看板も、立ち入りを物理的に阻む障壁も存在していない。そのまま林の中に足を踏み入れる。
上空は木々の枝葉によって遮られ、夜のように暗い。道は引き続き未舗装で、定規で引いたように一直線に伸びている。緑のアーチと褐色の柱の働きによって、雨はほぼ防がれ、体に感じる風も大幅に軽減されている。歩くのがかなり楽になった。
「道、車が通れそうなくらいの幅があるね」
「林を切り拓いて造ったものかもね。ピラミッドを造るために必要なものをのせた車が通れるように」
ナツキが口火を切ると、チグサは間髪入れずに話に乗ってきた。
「ということは、道なりに行けば、ピラミッドにお目にかかれる!」
「その可能性は高いと思う」
「誰かいるのかな。ピラミッドに入口があるとして、警備員が立ち塞がっていたりするのかな。林の入口にはなにもなかったけど」
「さあ、どうだろう。全然予測がつかない」
二人は気力を取り戻していた。募る疲労のせいもあり、会話は再び途切れてしまったが、表情は希望に輝き、足どりは決して重苦しくない。
にわかに前方が明るくなった。
木々が途切れている。間違いない。
「ナツキ! 出口!」
「うん! 走ろう!」
どちらからともなく手を握り、二人は走り出した。目の前が見る見る明るくなっていき、林から出た。
激しい雨と風に出迎えられて、ナツキは絶句した。
ない。
なにもないのだ。
ピラミッドはもちろん、巨大建造物の残骸らしきものも、建造物を造るさいに使われた道具や資材も。無人で、木さえも一本も生えていない。黒土の地肌が剥き出しになった、正方形の空間が広がっているのみだ。
正方形。
まるで、ピラミッドの底面のような。
全身から力が抜けていく。現在地からほんの二・三歩後退することで、雨と風から逃れる気力さえも、あっという間に尽き果てた。
なんだったの?
一か月以上にわたるわたしたちの努力には、なんの意味があったの?
それでも二人は進み続けた。疲れを隠せなくなってきてはいたが、絶望に通じる疲れではない。一言も口をきかずに、機械的に両脚を動かし続ける時間は、奇妙な心地よさがあった。
その瞬間は唐突に訪れた。
疎らに建ち並んでいた家屋の列が急に途切れたかと思うと、濃緑色の塊がありのままの姿を眼前に晒した。道は塊にダイレクトで接続し、さらに奥へと続いている。二人は顔を見合わせた。
「林の入口……!」
二人とも転んで泥に汚れるという目に遭っているだけに、走っての移動は自制したが、それでも足は急いた。
入口には、注意書きが記された看板も、立ち入りを物理的に阻む障壁も存在していない。そのまま林の中に足を踏み入れる。
上空は木々の枝葉によって遮られ、夜のように暗い。道は引き続き未舗装で、定規で引いたように一直線に伸びている。緑のアーチと褐色の柱の働きによって、雨はほぼ防がれ、体に感じる風も大幅に軽減されている。歩くのがかなり楽になった。
「道、車が通れそうなくらいの幅があるね」
「林を切り拓いて造ったものかもね。ピラミッドを造るために必要なものをのせた車が通れるように」
ナツキが口火を切ると、チグサは間髪入れずに話に乗ってきた。
「ということは、道なりに行けば、ピラミッドにお目にかかれる!」
「その可能性は高いと思う」
「誰かいるのかな。ピラミッドに入口があるとして、警備員が立ち塞がっていたりするのかな。林の入口にはなにもなかったけど」
「さあ、どうだろう。全然予測がつかない」
二人は気力を取り戻していた。募る疲労のせいもあり、会話は再び途切れてしまったが、表情は希望に輝き、足どりは決して重苦しくない。
にわかに前方が明るくなった。
木々が途切れている。間違いない。
「ナツキ! 出口!」
「うん! 走ろう!」
どちらからともなく手を握り、二人は走り出した。目の前が見る見る明るくなっていき、林から出た。
激しい雨と風に出迎えられて、ナツキは絶句した。
ない。
なにもないのだ。
ピラミッドはもちろん、巨大建造物の残骸らしきものも、建造物を造るさいに使われた道具や資材も。無人で、木さえも一本も生えていない。黒土の地肌が剥き出しになった、正方形の空間が広がっているのみだ。
正方形。
まるで、ピラミッドの底面のような。
全身から力が抜けていく。現在地からほんの二・三歩後退することで、雨と風から逃れる気力さえも、あっという間に尽き果てた。
なんだったの?
一か月以上にわたるわたしたちの努力には、なんの意味があったの?
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