金字塔の夏

阿波野治

文字の大きさ
上 下
69 / 76

最後の挑戦⑥

しおりを挟む
 路面が未舗装になったとたん、ぬかるみに足をとられてチグサが転んだ。怪我はなかったが、上下の服は盛大に土に汚れた。すぐさまタオルで拭ったものの、泥を擦りこむだけの結果しか生まないと分かり、作業を打ち切る。数分後に再び転び、助け起こそうとしたナツキも転倒したため、二人とも全身泥まみれになった。
 それでも二人は進み続けた。疲れを隠せなくなってきてはいたが、絶望に通じる疲れではない。一言も口をきかずに、機械的に両脚を動かし続ける時間は、奇妙な心地よさがあった。

 その瞬間は唐突に訪れた。
 疎らに建ち並んでいた家屋の列が急に途切れたかと思うと、濃緑色の塊がありのままの姿を眼前に晒した。道は塊にダイレクトで接続し、さらに奥へと続いている。二人は顔を見合わせた。

「林の入口……!」

 二人とも転んで泥に汚れるという目に遭っているだけに、走っての移動は自制したが、それでも足は急いた。

 入口には、注意書きが記された看板も、立ち入りを物理的に阻む障壁も存在していない。そのまま林の中に足を踏み入れる。
 上空は木々の枝葉によって遮られ、夜のように暗い。道は引き続き未舗装で、定規で引いたように一直線に伸びている。緑のアーチと褐色の柱の働きによって、雨はほぼ防がれ、体に感じる風も大幅に軽減されている。歩くのがかなり楽になった。

「道、車が通れそうなくらいの幅があるね」
「林を切り拓いて造ったものかもね。ピラミッドを造るために必要なものをのせた車が通れるように」

 ナツキが口火を切ると、チグサは間髪入れずに話に乗ってきた。

「ということは、道なりに行けば、ピラミッドにお目にかかれる!」
「その可能性は高いと思う」
「誰かいるのかな。ピラミッドに入口があるとして、警備員が立ち塞がっていたりするのかな。林の入口にはなにもなかったけど」
「さあ、どうだろう。全然予測がつかない」

 二人は気力を取り戻していた。募る疲労のせいもあり、会話は再び途切れてしまったが、表情は希望に輝き、足どりは決して重苦しくない。

 にわかに前方が明るくなった。
 木々が途切れている。間違いない。

「ナツキ! 出口!」
「うん! 走ろう!」

 どちらからともなく手を握り、二人は走り出した。目の前が見る見る明るくなっていき、林から出た。
 激しい雨と風に出迎えられて、ナツキは絶句した。

 ない。
 なにもないのだ。
 ピラミッドはもちろん、巨大建造物の残骸らしきものも、建造物を造るさいに使われた道具や資材も。無人で、木さえも一本も生えていない。黒土の地肌が剥き出しになった、正方形の空間が広がっているのみだ。

 正方形。
 まるで、ピラミッドの底面のような。

 全身から力が抜けていく。現在地からほんの二・三歩後退することで、雨と風から逃れる気力さえも、あっという間に尽き果てた。

 なんだったの?
 一か月以上にわたるわたしたちの努力には、なんの意味があったの?
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

隣の席のお殿さま

豆狸
ライト文芸
わたし、晴田十花の隣の席にはお殿さまがいる。 マイペースで、ちょっと不思議な彼、九原雷我くんに突然『俺の女』宣言されて、家老の家系の風見七瀬さんに睨まれて──わたし、どうなっちゃうの? おまけに、九原くんにはなにやら秘密がありそうで──

時給900円アルバイトヒーロー

Emi 松原
ライト文芸
会社をクビになった主人公、先野 優人(36)は、必死で次の就職先を探すも良い職場が見つからなかった。 ある日家のポストに入っていた「君もヒーローにならないか!?」という胡散臭いアルバイト募集のチラシ。 優人は藁をもすがる思いで、アルバイトに応募する。 アルバイト先は「なんでも屋」だった。 どうなる、優人!

【完結】勤労令嬢、街へ行く〜令嬢なのに下働きさせられていた私を養女にしてくれた侯爵様が溺愛してくれるので、国いちばんのレディを目指します〜

鈴木 桜
恋愛
貧乏男爵の妾の子である8歳のジリアンは、使用人ゼロの家で勤労の日々を送っていた。 誰よりも早く起きて畑を耕し、家族の食事を準備し、屋敷を隅々まで掃除し……。 幸いジリアンは【魔法】が使えたので、一人でも仕事をこなすことができていた。 ある夏の日、彼女の運命を大きく変える出来事が起こる。 一人の客人をもてなしたのだ。 その客人は戦争の英雄クリフォード・マクリーン侯爵の使いであり、ジリアンが【魔法の天才】であることに気づくのだった。 【魔法】が『武器』ではなく『生活』のために使われるようになる時代の転換期に、ジリアンは戦争の英雄の養女として迎えられることになる。 彼女は「働かせてください」と訴え続けた。そうしなければ、追い出されると思ったから。 そんな彼女に、周囲の大人たちは目一杯の愛情を注ぎ続けた。 そして、ジリアンは少しずつ子供らしさを取り戻していく。 やがてジリアンは17歳に成長し、新しく設立された王立魔法学院に入学することに。 ところが、マクリーン侯爵は渋い顔で、 「男子生徒と目を合わせるな。微笑みかけるな」と言うのだった。 学院には幼馴染の謎の少年アレンや、かつてジリアンをこき使っていた腹違いの姉もいて──。 ☆第2部完結しました☆

美味しいご飯を、貴方と一緒に

黒江 うさぎ
ライト文芸
ときどきわちゃわちゃ。ときどきシリアス。 けれど普段は、なんでもない日々。なんでもない日常。 美味しいご飯をお供にして、素敵なひととせを、貴方と一緒に巡りましょう。 さて、今日のご飯は、何にしようか?

人生前のめり♪

ナンシー
ライト文芸
僕は陸上自衛官。 背中に羽を背負った音楽隊に憧れて入隊したのだけれど、当分空きがないと言われ続けた。 空きを待ちながら「取れる資格は取っておけ!」というありがたい上官の方針に従った。 もちろん、命令は絶対。 まあ、本当にありがたいお話で、逆らう気はなかったし♪ そして…気づいたら…胸にたくさんの記章を付けて、現在に至る。 どうしてこうなった。 (…このフレーズ、一度使ってみたかったのです) そんな『僕』と仲間達の、前向き以上前のめり気味な日常。 ゆっくり不定期更新。 タイトルと内容には、微妙なリンクとズレがあります。 なお、実際の団体とは全く関係ありません。登場人物や場所等も同様です。 基本的に1話読み切り、長さもマチマチ…短編集のような感じです。

涙の跡

あおなゆみ
ライト文芸
臆病でいつも半端な自分を変えたいと思い引っ越してきた街で、依子は不思議な魅力を持つ野島と出会う。年も離れているし、口数の少ない人であったが依子は野島が気になってしまう。大切な人との思い出、初恋の思い出、苦い思い出、そしてこの街での出来事。心の中に溢れる沢山の想いをそのまま。新しい街で依子はなりたい自分に近づけるのか。

恋もバイトも24時間営業?

鏡野ゆう
ライト文芸
とある事情で、今までとは違うコンビニでバイトを始めることになった、あや。 そのお店があるのは、ちょっと変わった人達がいる場所でした。 ※小説家になろう、カクヨムでも公開中です※ ※第3回ほっこり・じんわり大賞で奨励賞をいただきました。ありがとうございます。※ ※第6回ライト文芸大賞で奨励賞をいただきました。ありがとうございます。※

君と30日のまた明日

黒蝶
ライト文芸
「あと30日、頑張っても駄目なら…」 森川彩(もりかわ あや)は希望を持ちながら生きていた。 その一方で、穂村奏多(ほむら そうた)は絶望を抱えて生きていた。 これは、一見正反対なふたりが織りなす30日間の話。 ※自傷行為・自殺をほのめかす表現があります。

処理中です...