金字塔の夏

阿波野治

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最後の挑戦④

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 どれくらいの時間、三人はそうしていただろう。

「埒が明かない。帰ろう」

 おもむろにカイリが腰を上げたかと思うと、二人の顔を見ながら呼びかけた。

「これ、どう考えても続行不可能でしょ。帰って、シャワーを浴びて、三人で部屋でのんびり過ごそうよ。絶対そうしたほうがいいって」
「私は行く」

 思いがけない強い声。起立し、カイリの顔を見据えながらのチグサの発言だ。顔から表情が消えていて、吹き荒ぶ風雨とは好対照な静けさに包まれている。

「雨宿りをもう少し続けるか、引き返すか、林を目指すか。私たちに与えられた選択肢は三つで、どれを選ぶのも自由で、誰がなにを選んでもその人の意思は尊重しないといけない。笹沢さん、そういうことだよね?」
「うん、そう。あたしが『帰ったほうがいい』って言ったのも、強制とかじゃ全然なくて、ただの個人的な意見だから」
「そうだよね。ピラミッドを見に行くっていうのは、義務でもなんでもなくて、私たちが好きでやっていることなんだから。続行するのも自由だし、引き返すのも自由だし、決断を先延ばしにするのも自由。三つの中から、私は先に進むことを選んだ。それだけのことだから」
「ちょっと、二人とも!」

 ナツキも立ち上がり、左右に佇む二人の顔を交互に見る。

「なんで別行動オッケーみたいな流れになってるの? せっかく三人いっしょに行くことになったのに、こんな形で――」
「ナツキ。あんた、なに頓珍漢なこと言ってるの?」

 呆れたような、小馬鹿にしたような声。昨夜、トイレからの帰りに言葉を交わして以来、カイリが人を見下す態度をとったのはこれが初めてだ。
 ナツキはカイリに鋭い眼差しを送りつけた。しかし、そのカイリが返した言葉に、反発心は一気に萎えてしまう。

「あんたはもともと、あたしをほっといて、木島さんと二人で出かけるつもりだったでしょ。あたしは勝手についてきただけなんだから、離脱するのも自由。違う?」
「それは……」
「木島さんだって似たようなものでしょ。ナツキは木島さんを無理矢理同行させたの? 違うでしょ。木島さんの決断なんだから、気に入らないからって干渉したりしないで、木島さんの意思を尊重するべき。あたし、なにか間違ったこと言ってる?」

 言っていない。カイリは正しいことを言っている。

「そういうわけだから、私はもう少し、ピラミッドを目指して歩くね。笹沢さん、付き合ってくれてありがとう。荷物持ちとか、迷惑かけてごめんね」
「いや、楽しかったよ。大雨さえ降らなかったら、たぶん最後までついていったと思うし」
「雨と風が強いから、帰りは気をつけてね」
「ありがとう。……あ、待って。ちょっとでも軽くしておいたほうがいいから」

 カイリはリュックサックから自分の荷物を取り出し、小脇に抱えた。そしてナツキに向き直る。

「で、ナツキはどうするの?」
「えっ?」
「傘は二本しかないんだから、実質的に二択じゃない? 早くどっちかに決めないと、大変なことになるよ?」

 二択。チグサとともにピラミッドを目指すか、カイリといっしょに引き返すか。

「じゃあ、私は行くね」

 チグサはリュックサックを背負い、傘を開き、屋根の下から出ていく。彼女らしくない積極性に、ナツキは狼狽してしまう。

 チグサの決断に従うか、カイリと行動をともにするか。
 わたしは――。

「カイリ、ごめん! チグサが心配だから、ついていく。ほんとにごめん!」

 雨の中に飛び出す。数メートル走ったところで振り向くと、カイリは傘を開いたところだった。目が合うと、両手が塞がっていなければ手を振る動作もセットだっただろうというような、優しい表情が浮かんだ。
 ナツキは深く頷いて感謝の念を伝え、チグサの傘の下へと駆けこんだ。

「来てくれたんだ」

 感情を故意に取り払ったような声。ナツキには見向きもしない。

「気乗りがしていないみたいだったし、帰っちゃうのかと思った」
「そんなことない! 行くに決まってるでしょ。ピラミッドの正体を突き止めるっていうのは、もともとわたしが立てた目標なんだから」

 雨と風の音に負けないように声を張り上げ、リュックサックと傘を奪いとる。チグサは抵抗しなかったし、異議を唱えることもなかった。その瞳は、遠くにある林の濃密な緑だけを見ている。
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