金字塔の夏

阿波野治

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和解の夜⑥

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「わたしたちが仲違いするきっかけになった事件のこと、覚えてる?」
「もちろん覚えてるよ。今年の四月末、ゴールデンウィーク直前だったよね」
「うん。早かったよね。せっかく同じクラスになったのに、一か月も経たないうちにあんなことになるとはね」

 束の間言葉が途切れ、カイリが言う。

「あたしが悪口を言ったのがきっかけだったよね。中学生になってからクラスが別になって、あんまり遊ばなくなった子たちの悪口。それにナツキは怒って」
「悪口にも二種類あるでしょ? 非がある人を責める悪口と、非がない人を罵る悪口。わたしには、あのときのカイリの悪口は後者だとしか思えなかった。それが許せなくて、食ってかかったんだ」
「すごかったよね。ひどかったって言ったほうが正しいかな。男子みたいに殴り合って、罵声を浴びせ合って、先生が駆けつけるまで制止する人間は誰もいなかった」
「あれからずいぶん時間が経ったよね。もしよければ、友だちの悪口を言った理由、教えてもらえないかな」
「……こう言うとたぶん、ナツキは怒るだろうけど」

 カイリのほうを向くと、カイリもナツキのことを見ていた。

 怒らないから、言ってみて。無言のメッセージは、夜の暗さが邪魔する中でも通じたらしく、言葉が紡がれた。

「冗談のつもりだったんだ。中学生になって、出身小学校が違う子と付き合うようになったでしょ。その子たちと距離を縮めるには、同じ小学校にどんな子がいたのかを話すのが一番簡単な方法だったの。サキたちって、すごく華やかでしょ? だから、今まで親しかった子のダサいところを話題に取り上げると、すごく盛り上がった。その場に居合わせないから、からかいの対象にしやすかったし、悪口を言っていることを本人に知られたとしても、サキたちに強要されて調子を合わせただけって誤魔化せばいいやっていう、ずるい考えもあって」

 カイリの足どりは次第に緩やかになっていく。ナツキはそれに歩調を合わせる。だから、カイリの声は常に隣にある。

「あのときの自分を思い出すと、自分でも嫌になる。話の種なんて、探せばどこにでも落ちているのに、他人を傷つけるような話題をわざわざ選ぶなんて」

 かすかなため息が闇に放たれ、溶けて消えた。

「ほんと性格悪いよね、あたし。ナツキが激怒したのも無理ないよ」
「カイリ、それは違うよ」

 二人の足が同時に止まる。深更の暗闇の中、見つめ合う。

「カイリの心ない発言が許せなかったのは確かだけど、あそこまで怒ったのは、それだけが理由じゃない」
「……どういうこと?」
「わたし、怖かったの。カイリがわたしの手が届かないところに行ってしまいそうで、すごく怖かった」

 声は明確に震えた。カイリ本人にはもちろん、他の誰にも決して打ち明けることなく、胸に秘匿し続けていた真実。
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