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ナツキとカイリ④
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「家族全員で海外旅行に行く予定があったのは事実。急きょ、あたしだけ行かないことが決まったの。見栄を張ってみんなに嘘を言いふらしていたとか、そういうのじゃないから」
「急きょって、どういうこと? 体調でも悪くなったの?」
「んなわけないでしょ。あんなに走ったんだから」
「あっ、そうか」
じゃあ、理由はなんなの? 眼差しで問い質す。
カイリはとても言いづらそうだ。唇がもどかしそうに蠢く時間が何秒か続いて、
「行きたくなくなったの。出発直前になって急に、行くの嫌だな、行きたくないなって」
「えっと、それはどういう……」
「あー……。もうちょっと前から説明したほうがいいかな」
カイリは空を仰ぐ。異常でも察知したのかと思ったが、どこまでも続いていきそうな青が広がっているばかり。言うべきことを脳内で整理しているのだ、と遅れて理解する。
その隙に、ナツキはカイリの顔をまじまじと見つめた。眉をひそめていたが、普段の攻撃的で勝気な雰囲気は感じない。色濃く漂っているのは、それとは正反対、困難に直面した者の顔に必然に滲む気弱さだ。
「あたしのお父さん、英語が得意で」
顔の方向を戻したカイリは、ナツキが予想もしていなかったことを口にした。
「お母さんと結婚する前も、旅行先にはよく海外を選んでいたみたいなの。海外に行くのが特別好きということじゃなくて、言語によるコミュニケーションに支障がないから、行き先の候補として普通に入ってくる、みたいな感じ」
ニュアンスがちゃんと伝わっているかが不安らしい顔つきをカイリは見せた。ナツキが何度も頷いたので、話を先に進めた。
「じゃあ、結婚して、あたしが生まれてからはどうかっていうと、だいたい毎年二回くらいのペースで行っているんだけど、あたしは連れて行ってくれないの。治安が悪いとか、旅行先で病気でもしたら困るとか、もっともらしい理由をつけて。なんでかって言うと、どうもうちの両親の中では、海外旅行は夫婦二人だけで行くもの、という認識らしいのね。国内の遊園地とかテーマパークとかには普通に連れて行ってもらえたから、そういうことなんだと思う」
言葉を切ってかすかな苦笑を漏らし、語を継ぐ。
「あたしもいつまでもガキじゃないし、バカじゃないから、だんだん親の腹の中が分かってくるわけ。いろいろ理由をつけているけど、全部本当の理由じゃないんだな、あたしが邪魔なだけなんだなって。だからムキになって、今度海外に行くときは絶対にあたしも連れて行ってって、強く頼んだの。それが今年の話なんだけど、結果は、意外にもあっさり承諾。親にどういう心境の変化があったのかなんて興味ないから、尋ねていないし、考えたこともないけど」
ため息が挿入される。遠い目をしているように見えるのは、当時を思い返しているからだろうか。
「正直、あたし自身はそこまで、海外にも旅行にも興味があるわけじゃないの。子どもを持つ立場になっても、子どもを抜きにして夫婦二人きりの時間を持ちたいときもあるって、ある程度の年齢になってからはちゃんと理解してもいた。それなのにいっしょに行きたいって主張したのは、のけ者にされていると感じていた子ども時代の復讐をするためだったの」
言葉が途切れる。次の言葉に迷うような顔つきを見せたが、無言だった時間は一瞬と言ってもいいほど短かった。
「ただ、興味がないといっても、やっぱり海外は魅力的でしょ。だから、なんだかんだで楽しみにしていたのね。両親と仲よくガイドブックを見ながら、好き勝手なことをああだこうだ言って想像を膨らませたりして。だけど、直前になって急に行くのが嫌になったの。海外へ行くのは初めてだから不安、ということじゃなくて」
「仕返しをしている自分が嫌になったの?」
カイリは自信なさげに首を縦に振ったあと、すぐさま首を横に振った。
「それもあるけど、それだけじゃ足りない。一言で言えば、親に頼りきりな自分に嫌気が差した、ということになるのかな」
「急きょって、どういうこと? 体調でも悪くなったの?」
「んなわけないでしょ。あんなに走ったんだから」
「あっ、そうか」
じゃあ、理由はなんなの? 眼差しで問い質す。
カイリはとても言いづらそうだ。唇がもどかしそうに蠢く時間が何秒か続いて、
「行きたくなくなったの。出発直前になって急に、行くの嫌だな、行きたくないなって」
「えっと、それはどういう……」
「あー……。もうちょっと前から説明したほうがいいかな」
カイリは空を仰ぐ。異常でも察知したのかと思ったが、どこまでも続いていきそうな青が広がっているばかり。言うべきことを脳内で整理しているのだ、と遅れて理解する。
その隙に、ナツキはカイリの顔をまじまじと見つめた。眉をひそめていたが、普段の攻撃的で勝気な雰囲気は感じない。色濃く漂っているのは、それとは正反対、困難に直面した者の顔に必然に滲む気弱さだ。
「あたしのお父さん、英語が得意で」
顔の方向を戻したカイリは、ナツキが予想もしていなかったことを口にした。
「お母さんと結婚する前も、旅行先にはよく海外を選んでいたみたいなの。海外に行くのが特別好きということじゃなくて、言語によるコミュニケーションに支障がないから、行き先の候補として普通に入ってくる、みたいな感じ」
ニュアンスがちゃんと伝わっているかが不安らしい顔つきをカイリは見せた。ナツキが何度も頷いたので、話を先に進めた。
「じゃあ、結婚して、あたしが生まれてからはどうかっていうと、だいたい毎年二回くらいのペースで行っているんだけど、あたしは連れて行ってくれないの。治安が悪いとか、旅行先で病気でもしたら困るとか、もっともらしい理由をつけて。なんでかって言うと、どうもうちの両親の中では、海外旅行は夫婦二人だけで行くもの、という認識らしいのね。国内の遊園地とかテーマパークとかには普通に連れて行ってもらえたから、そういうことなんだと思う」
言葉を切ってかすかな苦笑を漏らし、語を継ぐ。
「あたしもいつまでもガキじゃないし、バカじゃないから、だんだん親の腹の中が分かってくるわけ。いろいろ理由をつけているけど、全部本当の理由じゃないんだな、あたしが邪魔なだけなんだなって。だからムキになって、今度海外に行くときは絶対にあたしも連れて行ってって、強く頼んだの。それが今年の話なんだけど、結果は、意外にもあっさり承諾。親にどういう心境の変化があったのかなんて興味ないから、尋ねていないし、考えたこともないけど」
ため息が挿入される。遠い目をしているように見えるのは、当時を思い返しているからだろうか。
「正直、あたし自身はそこまで、海外にも旅行にも興味があるわけじゃないの。子どもを持つ立場になっても、子どもを抜きにして夫婦二人きりの時間を持ちたいときもあるって、ある程度の年齢になってからはちゃんと理解してもいた。それなのにいっしょに行きたいって主張したのは、のけ者にされていると感じていた子ども時代の復讐をするためだったの」
言葉が途切れる。次の言葉に迷うような顔つきを見せたが、無言だった時間は一瞬と言ってもいいほど短かった。
「ただ、興味がないといっても、やっぱり海外は魅力的でしょ。だから、なんだかんだで楽しみにしていたのね。両親と仲よくガイドブックを見ながら、好き勝手なことをああだこうだ言って想像を膨らませたりして。だけど、直前になって急に行くのが嫌になったの。海外へ行くのは初めてだから不安、ということじゃなくて」
「仕返しをしている自分が嫌になったの?」
カイリは自信なさげに首を縦に振ったあと、すぐさま首を横に振った。
「それもあるけど、それだけじゃ足りない。一言で言えば、親に頼りきりな自分に嫌気が差した、ということになるのかな」
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