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『かけはし』での対話⑧
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生じた間の長さは、ナツキには実際の二倍にも三倍にも感じられた。それを破るカイリの「はあ?」という声は、空間を満たす静けさも相俟って、強く鼓膜を震わせた。
「ピラミッドって、エジプトとかにあるあれのこと? あれが林の中に建ってるの? S町の外れにあるあの林に?」
頷くと、カイリは眉間に思いきりしわを寄せた。
「林の中にピラミッドって……。そんなもの、あるわけないじゃん」
「それが、あるんだって。本当に林の中にピラミッドがあるの。この目で見たんだから、紛れもない事実だよ」
「見たってことは、なに? 林まで行ったの?」
「行っていないよ。一学期の終業式があった日に、チグサと二人で駅ビルまでお昼ごはんを食べに行って、帰りに屋上に寄って景色を見ていたら、たくさんの木に囲まれているピラミッドを見つけて」
「本当に? 見間違いじゃないの?」
「見間違うはずがないよ、あんなに大きくて個性的な形の建物。チグサだってばっちり見たし。そうだよね?」
視線と言葉を投げかけると、チグサはカイリのほうを向いて頷いた。
カイリの表情は疑わしげなままだ。疑念は薄れるどころか、むしろ深まった感すらある。
その向かいの後藤くんは、驚愕と困惑と不信感がない交ぜになった表情をしている。ピラミッドという単語が出て以来、ずっとその顔だ。
「ネットで調べたら詳細が分かるかもしれないけど、そんなのはつまらないと思ったから、ピラミッドに関する情報はシャットアウトして、林まで行くことにしたの。誰かに教えてもらうんじゃなくて、自力でピラミッドに辿り着いて、自分の目でピラミッドの正体をたしかめる。それがわたしたちの目的」
カイリが反応を示すまでには少々間があった。ナツキからすれば、心地いいとは決していえない間が。
「それだけの理由で、大きなリュックサックを背負って、暑い中を歩き回っているわけ?」
「そうだよ。文句ある?」
「バカじゃないの。ガキかよ」
吐き捨てるような物言いに、場の空気は張り詰めた。
「木島さん、人がいいから、どうせナツキに無理矢理付き合わされてるんでしょ。ガキくさい遊びに他人を巻きこむって、マジで迷惑ね。木島さんとあんた、両方かわいそう」
ナツキは体温の上昇を自覚し、頬に灼熱感さえ覚えた。テーブルの下の両の握り拳が不穏に痙攣する。
「もったいぶった言いかたをするから、シリアスな話なのかと思ったら、そんなくだらないことだったとはね。真剣に聞いたあたしがバカみたい」
教室で時折するように、カイリと派手に口論をくり広げる自分の姿を、ナツキは脳内に鮮明に描いた。
「これだからナツキと話すのは嫌なの。ガキくさくて、こっちまでレベルが低い人間にならなきゃいけないから」
しかし、懸命に理性を働かせて、イメージを頭の中から追い払った。
ショッピングセンターでのカイリとの一件を話したとき、暴力を振るうのを自制したナツキの対応を、チグサは称賛するとともに、全面的に支持する旨を述べた。暴力を振るっても自分が損をするだけだよ、と。
ナツキがその発言を思い出したのは、感情を抑えこんだあとでのことだったが、抑えこむことに成功したのは、あのときに得た教訓が胸の奥から作用を及ぼしてくれたおかげだ、という気がした。
わたしのことをガキって言ったけど、カイリのほうがよっぽど子どもじゃん。
似たような思いはこれまで飽きるほど抱いてきたが、心に余裕を持ってそう思えたのは、これが初めてかもしれない。
予測とは違った対応がとられたからだろう。カイリは怪訝そうな、かすかに不安も滲ませたような顔でナツキの顔を見返した。
「カイリにとってはくだらないかもしれないけど、わたしたちにとってはそうじゃないから。わたしたちがやろうとしていることをバカにしたいなら、好きなだけどうぞ。カイリに悪く言われたからって、ピラミッドの正体を掴むのを諦めるなんて、絶対に有り得ないから」
毅然と断言して、食事に戻る。一人だけ器の中の減り具合が遅い。わらびもちを二個まとめてフォークに突き刺し、口へと運ぶ。
カイリは表情のない顔でナツキの顔を凝視していたが、やがてスプーンを動かし始めた。無言で、どこか淡々とした手つきで。それに少し遅れて、チグサと後藤くんも食事を再開した。
友だちと話をするときなんかに、今日わたしが言ったことをばらして笑うんだろうなぁ、きっと。
そう思うと悔しかったが、なるべく心を空にして、黙々と食べ続けた。
「ピラミッドって、エジプトとかにあるあれのこと? あれが林の中に建ってるの? S町の外れにあるあの林に?」
頷くと、カイリは眉間に思いきりしわを寄せた。
「林の中にピラミッドって……。そんなもの、あるわけないじゃん」
「それが、あるんだって。本当に林の中にピラミッドがあるの。この目で見たんだから、紛れもない事実だよ」
「見たってことは、なに? 林まで行ったの?」
「行っていないよ。一学期の終業式があった日に、チグサと二人で駅ビルまでお昼ごはんを食べに行って、帰りに屋上に寄って景色を見ていたら、たくさんの木に囲まれているピラミッドを見つけて」
「本当に? 見間違いじゃないの?」
「見間違うはずがないよ、あんなに大きくて個性的な形の建物。チグサだってばっちり見たし。そうだよね?」
視線と言葉を投げかけると、チグサはカイリのほうを向いて頷いた。
カイリの表情は疑わしげなままだ。疑念は薄れるどころか、むしろ深まった感すらある。
その向かいの後藤くんは、驚愕と困惑と不信感がない交ぜになった表情をしている。ピラミッドという単語が出て以来、ずっとその顔だ。
「ネットで調べたら詳細が分かるかもしれないけど、そんなのはつまらないと思ったから、ピラミッドに関する情報はシャットアウトして、林まで行くことにしたの。誰かに教えてもらうんじゃなくて、自力でピラミッドに辿り着いて、自分の目でピラミッドの正体をたしかめる。それがわたしたちの目的」
カイリが反応を示すまでには少々間があった。ナツキからすれば、心地いいとは決していえない間が。
「それだけの理由で、大きなリュックサックを背負って、暑い中を歩き回っているわけ?」
「そうだよ。文句ある?」
「バカじゃないの。ガキかよ」
吐き捨てるような物言いに、場の空気は張り詰めた。
「木島さん、人がいいから、どうせナツキに無理矢理付き合わされてるんでしょ。ガキくさい遊びに他人を巻きこむって、マジで迷惑ね。木島さんとあんた、両方かわいそう」
ナツキは体温の上昇を自覚し、頬に灼熱感さえ覚えた。テーブルの下の両の握り拳が不穏に痙攣する。
「もったいぶった言いかたをするから、シリアスな話なのかと思ったら、そんなくだらないことだったとはね。真剣に聞いたあたしがバカみたい」
教室で時折するように、カイリと派手に口論をくり広げる自分の姿を、ナツキは脳内に鮮明に描いた。
「これだからナツキと話すのは嫌なの。ガキくさくて、こっちまでレベルが低い人間にならなきゃいけないから」
しかし、懸命に理性を働かせて、イメージを頭の中から追い払った。
ショッピングセンターでのカイリとの一件を話したとき、暴力を振るうのを自制したナツキの対応を、チグサは称賛するとともに、全面的に支持する旨を述べた。暴力を振るっても自分が損をするだけだよ、と。
ナツキがその発言を思い出したのは、感情を抑えこんだあとでのことだったが、抑えこむことに成功したのは、あのときに得た教訓が胸の奥から作用を及ぼしてくれたおかげだ、という気がした。
わたしのことをガキって言ったけど、カイリのほうがよっぽど子どもじゃん。
似たような思いはこれまで飽きるほど抱いてきたが、心に余裕を持ってそう思えたのは、これが初めてかもしれない。
予測とは違った対応がとられたからだろう。カイリは怪訝そうな、かすかに不安も滲ませたような顔でナツキの顔を見返した。
「カイリにとってはくだらないかもしれないけど、わたしたちにとってはそうじゃないから。わたしたちがやろうとしていることをバカにしたいなら、好きなだけどうぞ。カイリに悪く言われたからって、ピラミッドの正体を掴むのを諦めるなんて、絶対に有り得ないから」
毅然と断言して、食事に戻る。一人だけ器の中の減り具合が遅い。わらびもちを二個まとめてフォークに突き刺し、口へと運ぶ。
カイリは表情のない顔でナツキの顔を凝視していたが、やがてスプーンを動かし始めた。無言で、どこか淡々とした手つきで。それに少し遅れて、チグサと後藤くんも食事を再開した。
友だちと話をするときなんかに、今日わたしが言ったことをばらして笑うんだろうなぁ、きっと。
そう思うと悔しかったが、なるべく心を空にして、黙々と食べ続けた。
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