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関係①
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八月に入ってすぐの登校日。
十日ぶりに教室に足を踏み入れる。ただそれだけなのに、ナツキは緊張してしまった。
よくいえば賑やかな、悪くいえば浮ついた雰囲気が教室を満たしている。まるで友人との待ち合わせ場所が自分たちの教室で、学業とは無関係に登校したかのようだ。
教室中央の席に視線を投げかけたが、カイリの姿はない。
ナツキは内心首を傾げた。ホームルームが始まるかなり前から登校し、自席で踏ん反り返って、友人たちをはべらせてお喋りに耽る。それが笹沢カイリなのに。
チグサは登校していた。教室に来たばかりらしく、たった今、スクールバッグを机の横にかけた。
その後ろ、後藤くんも席に着いている。チグサの後ろ姿をじっと見ていたが、チグサが着席したのを見届けると、机に突っ伏して寝る態勢に入った。
挨拶をしてくるクラスメイトに挨拶を返しながら、ナツキは自分の席まで行き、スクールバッグを机の上に置いた。すぐさまチグサのもとへ向かう。
カイリの左隣のサキの席では、いつもの四人が固まって談笑に耽っている。擦れ違うさい、全員が喋るのをやめてナツキに注目した。一挙手一投足に目を光らせているが、それでいて、決して顔を直視しようとしない。なんとも言えない嫌な感じがしたが、顔にも態度にも出さずに通りすぎる。
「チグサ、おはよ」
肩を強めに叩き、チグサのほうを向く形で机の上に座る。眉をひそめた顔がすかさず見上げてくる。
「ちょっと、下品。パンツ見えそうだよ」
「見えそうだけど、見えないの」
後藤くんがおもむろに顔を上げ、ナツキを見た。目が合ったので、ナツキはにこやかに手を振る。その表情と行動を訝しく思ったらしく、チグサが肩越しに振り向く。後藤くんはチグサの視線から逃げるように眠る態勢に戻った。
「ナツキ、どうしたの」
「うん。さっき気づいたんだけどね」
ぐっと上体を倒して親友に顔を近づける。少し声を低め、
「カイリ、来てないね」
チグサはカイリの席を一瞥し、ああ、と呟いた。
「ちょっと変じゃない? わたしと同じで、頑丈さだけが取り柄なのに。なんでかな?」
「さあ。体調が悪いんじゃない。登校日って、別に無理してまで来る必要は、って感じだし」
「そうかな。どうせズル休みじゃないの」
その一言に、チグサの表情は思いがけず険しくなる。
「人のいないところで悪口、やめたほうがいいよ。面と向かってももちろんダメだけど」
「え……」
「笹沢さんのことがそんなに気になるなら、笹沢さんの友だちに訊いてみれば」
そっけなく言い捨てて、ナツキから顔を背けた。
軽い気持ちで口にした言葉に、思いがけず不快感を示されたことで、ナツキは白けてしまった。ただ、相手の言い分が正しいと感じたのも事実。
「……分かったよ。訊けばいいんでしょ、訊けば」
机から下り、チグサの席を離れる。
その時点では、四人に訊いてみようという気持ちはあった。しかし、いざ彼女たちに物理的に近づくと、決して弱くない抵抗感を覚えた。
その感覚が引き金となり、ショッピングセンターでの一件を思い出す。
四人はカイリのように、ナツキの悪口を言うことこそなかったが、カイリがナツキを嘲るたびに笑っていた。明らかに、ナツキを見下した笑いかただった。
カイリからの無言の圧力に屈して同調した、という側面もあるのだろう。しかし、四人は誰一人として、罪悪感に苛まれているらしい表情は見せなかった。つまり、本心からナツキを嘲笑った。
なにが嬉しくて、自分を嘲笑った相手と話をしなければいけないのだろう?
十日ぶりに教室に足を踏み入れる。ただそれだけなのに、ナツキは緊張してしまった。
よくいえば賑やかな、悪くいえば浮ついた雰囲気が教室を満たしている。まるで友人との待ち合わせ場所が自分たちの教室で、学業とは無関係に登校したかのようだ。
教室中央の席に視線を投げかけたが、カイリの姿はない。
ナツキは内心首を傾げた。ホームルームが始まるかなり前から登校し、自席で踏ん反り返って、友人たちをはべらせてお喋りに耽る。それが笹沢カイリなのに。
チグサは登校していた。教室に来たばかりらしく、たった今、スクールバッグを机の横にかけた。
その後ろ、後藤くんも席に着いている。チグサの後ろ姿をじっと見ていたが、チグサが着席したのを見届けると、机に突っ伏して寝る態勢に入った。
挨拶をしてくるクラスメイトに挨拶を返しながら、ナツキは自分の席まで行き、スクールバッグを机の上に置いた。すぐさまチグサのもとへ向かう。
カイリの左隣のサキの席では、いつもの四人が固まって談笑に耽っている。擦れ違うさい、全員が喋るのをやめてナツキに注目した。一挙手一投足に目を光らせているが、それでいて、決して顔を直視しようとしない。なんとも言えない嫌な感じがしたが、顔にも態度にも出さずに通りすぎる。
「チグサ、おはよ」
肩を強めに叩き、チグサのほうを向く形で机の上に座る。眉をひそめた顔がすかさず見上げてくる。
「ちょっと、下品。パンツ見えそうだよ」
「見えそうだけど、見えないの」
後藤くんがおもむろに顔を上げ、ナツキを見た。目が合ったので、ナツキはにこやかに手を振る。その表情と行動を訝しく思ったらしく、チグサが肩越しに振り向く。後藤くんはチグサの視線から逃げるように眠る態勢に戻った。
「ナツキ、どうしたの」
「うん。さっき気づいたんだけどね」
ぐっと上体を倒して親友に顔を近づける。少し声を低め、
「カイリ、来てないね」
チグサはカイリの席を一瞥し、ああ、と呟いた。
「ちょっと変じゃない? わたしと同じで、頑丈さだけが取り柄なのに。なんでかな?」
「さあ。体調が悪いんじゃない。登校日って、別に無理してまで来る必要は、って感じだし」
「そうかな。どうせズル休みじゃないの」
その一言に、チグサの表情は思いがけず険しくなる。
「人のいないところで悪口、やめたほうがいいよ。面と向かってももちろんダメだけど」
「え……」
「笹沢さんのことがそんなに気になるなら、笹沢さんの友だちに訊いてみれば」
そっけなく言い捨てて、ナツキから顔を背けた。
軽い気持ちで口にした言葉に、思いがけず不快感を示されたことで、ナツキは白けてしまった。ただ、相手の言い分が正しいと感じたのも事実。
「……分かったよ。訊けばいいんでしょ、訊けば」
机から下り、チグサの席を離れる。
その時点では、四人に訊いてみようという気持ちはあった。しかし、いざ彼女たちに物理的に近づくと、決して弱くない抵抗感を覚えた。
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四人はカイリのように、ナツキの悪口を言うことこそなかったが、カイリがナツキを嘲るたびに笑っていた。明らかに、ナツキを見下した笑いかただった。
カイリからの無言の圧力に屈して同調した、という側面もあるのだろう。しかし、四人は誰一人として、罪悪感に苛まれているらしい表情は見せなかった。つまり、本心からナツキを嘲笑った。
なにが嬉しくて、自分を嘲笑った相手と話をしなければいけないのだろう?
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