金字塔の夏

阿波野治

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カイリとの衝突②

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「あっ」

 売り場へ向かう途中、有象無象の客の中に見覚えのある顔を見つけて、両足がその場に釘づけになる。意識が飲み物に向いていたせいで、四・五メートルの距離に迫るまで、その人物の存在にまったく気づかなかった。

 声に反応したのか、気配を察知したのか、その人物の顔が持ち上がる。双眸がナツキの姿を捉えた。
 その人物の唇から、ナツキがこぼしたのと同じような声がこぼれた。喧噪の中にもかかわらず、まるで耳元で発せられたかのように聞こえた。その人物とともに白亜のテーブルを囲んでいた少女たちが、一斉にナツキのほうを向いた。

「ナツキじゃん。こんなところでなにしてるの?」

 切れ長の目でナツキを見据えながら、明るい茶色に染めた長髪をかき上げる。笑みが浮かぶ二歩手前、といった口元だ。

「……カイリ」

 笹沢カイリ。
 ナツキのクラスメイト。ナツキの親友だったが、中学生になってからは犬猿の仲となった少女。

 同席しているのは、カイリの左側にサキとトウコ、右側にコトハとアイカ。いずれもナツキと同じクラスに所属していて、学校ではカイリと常に行動をともにしている。

 四人は一様に表情を少し緊張させ、出方を窺うようにナツキを見つめている。ナツキとカイリの不仲が念頭にあるからだろう。

「なにって……。今は真夏で、ここはフードコートなんだから、目的は一つしかないでしょ」

 黙ったままでいると、それを足がかりにからかわれる。重みさえ感じられる淀んだ空気を振り切って、ナツキは毅然と返答する。

「喉が渇いたから、飲み物を飲みにきた。それだけだよ」
「そういう意味じゃないって。なんで一人なのかってこと」

 カイリの口元の笑みの気配が、滲み出す二歩手前から一歩手前に変わった。残る一歩を踏み出すのをもったいぶるように、踏ん反り返って脚を組む。ミニスカートの裾がめくれ、一瞬垣間見えた下着の色は、闇夜のように黒い。
 尊大な態度も、行儀の悪さも、引きしまった長い脚が主役だとどこか様になっていて、それがナツキは悔しかった。同時に、敗北の予兆のようなものを漠然と感じてもいた。

「誰と来たの? もしかして、一人?」

 ナツキは返答に詰まってしまった。肯定すればその事実を嘲笑されるし、否定すればつまらない嘘をつくことになる。……なにも言い返せない。

「ちょっと、みんな」

 カイリは口角を好戦的に歪め、四人の顔を一人ずつ順番に見た。

「ナツキ、一人でここに遊びに来たんだって。夏休みなのに、一人で。さびしー」

 嘲りの色を隠さずに笑う。四人も一斉に、カイリよりも遠慮がちではあったが、笑った。頭に血が昇り、両手に力がこもる。
 一人でなにをしようと、個人の自由でしょ。なんでいちいちけちをつけるの? バカじゃないの。
 反撃の言葉が頭の中で混沌とした渦を描く。しかし、声に出したところで、それさえも嘲笑の種にされるのだと思うと、なにも言えない。

「ていうか、木島さんはどうしたの? ナツキ、あの子と仲いいでしょ」
「今日は予定が合わなかったの。仲がいいからって、常に行動をともにするとか、有り得ないから」
「あっ、そう。あんたとあの子、あんなに仲よしなのにね。この前だって、和スイーツのお店で仲睦まじく食事してたし」
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