金字塔の夏

阿波野治

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二度目の挑戦②

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 三叉路手前の道端に建つ、赤い涎かけの地蔵を今日も横切る。それに前後して、二人がチグサ手製の地図に視線を落とす回数が増えた。一度通ったとはいえ、道のりが複雑だからだ。

「あ、こんなところにも道がある。全然気づかなかった」

 チグサはひとり言をつぶやいては、昨日は見えていなかった事実を、イラストや文字の形でメモ帳に書き記していく。ペンを動かす手つきも、ペン先が紙の上も走る音も軽快だ。

「結構見落としがあるね。行き止まりが多かったし、この道を行けなかったときはこの道を、みたいなチェックはちゃんとしていたつもりだけど」
「通る道は昨日と同じなんだよね? 新しいルートを開拓するとかじゃなくて」
「そうだよ。でも、もしかしたら、実は道が間違っていて最初からやり直し、なんてことになるかもしれない」
「それって、徒労感半端なくない?」
「もしかしたらの話だよ。でも、楽しいね。地図の完成度を高めていくのは」
「チグサ、そんな趣味があったんだ」
「趣味というほどでもないけど、中途半端にしておくのは気持ち悪いから」

 昨日チグサがしゃがみこんでしまった地点は過ぎたが、今のところ体調に問題はなさそうだ。
 建物と建物の隙間を抜け、雑草が生い茂った空き地を突っ切り、通りに出る。

「早かったね。昨日迷いまくったのが嘘みたい」

 第一関門を難なく突破した喜びに、二人は得意げな笑みを交わし合った。

『かけはし』がある方角に向かって通りを直進し、店の前を通過する。今日は店に寄らないと事前に決めている。眉子の気さくな話しぶりに引きずられて、つい長話をしてしまいそうだし、冷気にあたることで気が緩むのは避けたい。だから、挨拶をするのも控えるという取り決めだ。
 通りすぎざま、二人は窓から店内を覗いてみた。来客はなく、壁にかかった水墨画の松の木がどこか寂しげだ。

「この時間帯、お客さんはあまり来ないのかな」
「そうみたい。ティータイムにはちょっと遅いからかな」

 店が暇なとき、眉子はなにをして過ごしているのか。店主を務めているおじいさんや、眉子の旦那さんはどんな人なのか。後藤くんは将来、家業を継ぐのか否か。好き勝手な想像を弄びながら、道なりに歩む。
 道は緩やかな曲線を描きながら、林がある方角からは徐々にずれていく。

「道、一回曲がったほうがいいね」

 足を止めてのチグサの一言に、二人を包む空気は淡い緊張感を帯びた。頷き合い、路傍に黄色い花が密生した細道に入る。
 地蔵がある地点から『かけはし』がある通りに出るまでと、似たような雰囲気だ。ようするに、脇道や分かれ道が多く、行き止まりや元の道に戻ってくるなどの仕掛けに満ちていて、簡単には先へ進めない。加えて、チグサには地図を更新する作業があるため、二人が歩みを止める回数は飛躍的に増えた。



「うーん、思うようにいかないなぁ」
 重々しいため息がナツキの唇から溢れた。顔を俯けたことで垂れた汗を、手の甲で拭う。日陰にいても、運動した直後だから、汗は次から次へと滲み出しては肌を伝う。
 二人が生まれる前から建っていたに違いない、老朽化した木造二階建てのアパート。その駐車場にあるコンクリート製の車止めに、二人は腰を下ろしている。脇道に折れてからまだ十分ほどしか経っていなかったが、思うように先に進めず、募る一方の疲労に音を上げたのだ。
「行き止まりが多いから、先に進むだけでも一苦労だよね。障害物越しに道を見つけたとしても、そこになかなか辿り着けないから、すごくストレス溜まる。暑いし、足が疲れるし……」
 話しかけたつもりだったが、返事がない。怪訝に思い隣を窺って、息を呑んだ。チグサが項垂れていたのだ。
 下から顔を覗きこむ。顔色がよくない。顔中に無数の汗の粒が浮かんでいる。
「チグサ、飲み物飲んだほうがいいよ。ほら」
 足元に置いたリュックサックからチグサの分を取り出し、手渡す。何口か飲み、息をつく。表情は冴えないままだ。
 自力ではその場から一歩も動けないくらい、体調が悪いわけではないように見える。『かけはし』も近い。昨日ほどの絶望感はないが――。

「今日はこのへんにしておこうか」

 チグサは驚いたようにナツキを見返した。

「道が分かりにくいし、一時間で辿り着くのは無理っぽいよね。作戦、ちょっと見直したほうがいいかもしれない。だから、体力が回復したら帰ろう。戦略的撤退ってやつ」

 少し間があって、チグサは頷いた。
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