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「僕が森さんに入部を提案したのはね、部室は避難先でもある、という発想を抱いたからなんだ。三馬鹿からンジャメナリプニツカヤ部を創りたいっていう考えを聞いた直後は、須田さんから毎日罵倒されているにもかかわらず、休み時間にンジャメナリプニツカヤの雑誌を広げるくらいンジャメナリプニツカヤが好きなんだから、そういう部を創りたくなって当たり前だよな、としか思わなかった。でも、少し考えてみて、避難先としても活用しようと考えているんだって気がついたんだ。部として認められたら、部室の使用が許可されるでしょ。部室の中でなら、須田さんたちから邪魔されることなく、思う存分ンジャメナリプニツカヤについて語り合える。いくら須田さんといえども、まさか部室に乗り込んではこないだろうからね」
部室を確保することさえできれば、部室は須田たちから確実に身を守る絶対安全な場所として機能する。森さんの表情や頷き方を見た限り、その認識は共有できたようだ。
「だから、僕と一緒にンジャメナリプニツカヤ部に入ろう。三馬鹿、クラスのみんなからは疎ましがられているけど、話してみると結構いいやつらだよ。趣味の話をしたら、間違いなく盛り上がれると思う。放課後に部室で、気の合う仲間同士でンジャメナリプニツカヤについて語り合うことを、学校生活の一番の楽しみにしよう。その楽しみさえあれば、たとえ休み時間が来るたびに須田さんから嫌なことを言われても、なんとか学校に通い続けられる。つらい目に遭うのを我慢しなくちゃいけないという意味では、おいそれと受け入れられる案ではないかもしれない。でも、ずるずると不登校が続くよりは、森さんにとってはいい選択だと思うんだ。それに、たとえ教室に行くのが難しいのだとしても、放課後に部室に行って部活動にだけ参加して、教室に行けそうなときは授業に参加して、みたいな形でもいいわけだから。悪くない案だと思うんだけど、どうかな?」
森さんは俯く。前髪が顔を半ば隠していて表情が分かりづらいが、沈思黙考しているのだと分かる。
森さんは今、なにを考えているのだろう?
考えに考えた果てに、どちらを選ぶのだろう?
その結果に対して、どういうふうに会話を展開していけばいいのだろう?
考えることに専念している彼女よりも、考えていることが多いのではと思うくらいに、おびただしい想念がひっきりなしに胸を去来した。
「……無理」
森さんはおもむろに顔を上げたかと思うと、力なく頭を振ってそう呟いた。髪の毛が揺れ動いたことで振りまかれたシャンプーの淡い芳香の中、僕は呆然としてしまう。
声が小さかったせいで聞き間違えたのかと、最初は疑った。しかし実際は、答えが望んでいるものではなかったから、その事実を認めたくなかったから、小声という事実から「聞き間違える可能性」を引っ張ってきて、それが事実であることにしようとしただけだったのだと、すぐに気がつく。
「どうして、無理なのかな。理由を教えてほしいんだけど」
無言。
「三馬鹿と仲よくするのが嫌なの? たしかに、クラスでの扱いはよくないけど、それはンジャメナリプニツカヤを公然と愛でているからで、性格的にはなんの問題もないよ。ていうか、むしろ結構いいやつだよ、あいつらは。だから、きっと森さんともうまくやれると思う」
また頭が振られた。むずかる幼児のそれにも似た首の動かし方だ。反論を述べたいが、文言が浮かばないのだろうか?
「それじゃあ分からないよ。上手く言葉にならなくても構わないから、説明してほしいかな」
「そんな部に入ったら、新島くんまで攻撃の対象にされるよ。そんなの、嫌だよ」
「それなら大丈夫。僕がンジャメナリプニツカヤ好きっていうことを、みんなに知られないように気をつけてくれって、三馬鹿には強く要求するから。向こうからすれば、なにがなんでも創部したいわけだから、こっちの申し出はちゃんと聞いてくれるよ。だから、そこは心配しなくてもいいと思う」
「でも、嫌なの」
「……森さん、分からないよ。なにか言いたいことがあるんだったら、遠慮なく言ってよ。僕にとって不都合なことだとしても、言ってくれた方が僕としては助かる。怒ったり、頭ごなしに否定したりなんてしないから」
森さんは視線を僕から外した。直後、唇が微かに動いたが、それを恥じるようにきつく閉ざしてしまう。先ほどよりも長い沈黙が僕たちの間を流れ、
やにわに、強い眼差しが僕の顔面にぶつかってきた。
「新島くんのことが好きだからだよ。友達としてもそうだけど、それだけじゃなくて、恋愛感情を抱いているっていう意味で、恋人にしたいっていう意味で、好き」
部室を確保することさえできれば、部室は須田たちから確実に身を守る絶対安全な場所として機能する。森さんの表情や頷き方を見た限り、その認識は共有できたようだ。
「だから、僕と一緒にンジャメナリプニツカヤ部に入ろう。三馬鹿、クラスのみんなからは疎ましがられているけど、話してみると結構いいやつらだよ。趣味の話をしたら、間違いなく盛り上がれると思う。放課後に部室で、気の合う仲間同士でンジャメナリプニツカヤについて語り合うことを、学校生活の一番の楽しみにしよう。その楽しみさえあれば、たとえ休み時間が来るたびに須田さんから嫌なことを言われても、なんとか学校に通い続けられる。つらい目に遭うのを我慢しなくちゃいけないという意味では、おいそれと受け入れられる案ではないかもしれない。でも、ずるずると不登校が続くよりは、森さんにとってはいい選択だと思うんだ。それに、たとえ教室に行くのが難しいのだとしても、放課後に部室に行って部活動にだけ参加して、教室に行けそうなときは授業に参加して、みたいな形でもいいわけだから。悪くない案だと思うんだけど、どうかな?」
森さんは俯く。前髪が顔を半ば隠していて表情が分かりづらいが、沈思黙考しているのだと分かる。
森さんは今、なにを考えているのだろう?
考えに考えた果てに、どちらを選ぶのだろう?
その結果に対して、どういうふうに会話を展開していけばいいのだろう?
考えることに専念している彼女よりも、考えていることが多いのではと思うくらいに、おびただしい想念がひっきりなしに胸を去来した。
「……無理」
森さんはおもむろに顔を上げたかと思うと、力なく頭を振ってそう呟いた。髪の毛が揺れ動いたことで振りまかれたシャンプーの淡い芳香の中、僕は呆然としてしまう。
声が小さかったせいで聞き間違えたのかと、最初は疑った。しかし実際は、答えが望んでいるものではなかったから、その事実を認めたくなかったから、小声という事実から「聞き間違える可能性」を引っ張ってきて、それが事実であることにしようとしただけだったのだと、すぐに気がつく。
「どうして、無理なのかな。理由を教えてほしいんだけど」
無言。
「三馬鹿と仲よくするのが嫌なの? たしかに、クラスでの扱いはよくないけど、それはンジャメナリプニツカヤを公然と愛でているからで、性格的にはなんの問題もないよ。ていうか、むしろ結構いいやつだよ、あいつらは。だから、きっと森さんともうまくやれると思う」
また頭が振られた。むずかる幼児のそれにも似た首の動かし方だ。反論を述べたいが、文言が浮かばないのだろうか?
「それじゃあ分からないよ。上手く言葉にならなくても構わないから、説明してほしいかな」
「そんな部に入ったら、新島くんまで攻撃の対象にされるよ。そんなの、嫌だよ」
「それなら大丈夫。僕がンジャメナリプニツカヤ好きっていうことを、みんなに知られないように気をつけてくれって、三馬鹿には強く要求するから。向こうからすれば、なにがなんでも創部したいわけだから、こっちの申し出はちゃんと聞いてくれるよ。だから、そこは心配しなくてもいいと思う」
「でも、嫌なの」
「……森さん、分からないよ。なにか言いたいことがあるんだったら、遠慮なく言ってよ。僕にとって不都合なことだとしても、言ってくれた方が僕としては助かる。怒ったり、頭ごなしに否定したりなんてしないから」
森さんは視線を僕から外した。直後、唇が微かに動いたが、それを恥じるようにきつく閉ざしてしまう。先ほどよりも長い沈黙が僕たちの間を流れ、
やにわに、強い眼差しが僕の顔面にぶつかってきた。
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