名状しがたい

阿波野治

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「そのンジャメナリプニツカヤには、色違いが何種類かあってね。胴体の部分が緑色になっているんだけど、別バージョンは、抹茶色っていえばいいのかな。見た目の差があんまりなくて、殆ど同じといってもいいくらいで」

 ンジャメナリプニツカヤが持つ様々の性質の中で、森さんは特に「かわいさ」に着目しているらしく、雑貨を収集するのに凝っているという。

「形は、こう、中途半端なところで伐られた切り株みたいな感じ。歪なロールケーキを縦にしたような――って、ロールケーキにもいろいろあるから、不親切な説明だね。とにかく円柱形で、その左側面の中央あたりかな。そこから飛び出している棒みたいなのが――」

 ンジャメナリプニツカヤは名状しがたい。語彙が貧困な僕たち高校生にとって、その姿形を精確に形容するのは困難を極める。実物が目の前にあっても手こずるのだから、目の前に見本がない場合は絶望的といっても言い過ぎではない。
 しかし、森さんはその難しさを大いに楽しんでいるようだ。僕は誰かにンジャメナリプニツカヤの魅力を語る機会はめったにないが、ンジャメナリプニツカヤの広い意味で一筋縄ではいかないところ、複雑怪奇なところが美点の一つだと思っているし、愛しているところでもある。だから、森さんの語りにはあらゆる意味で共感できた。

 ぴたりと当てはまる言葉を探して、遠方の一点を見つめる、真剣な横顔。口にした表現に納得がいかなかったときの、キスをするように唇を尖らせる仕草。会話の合間に、騙し討ちでもするように突然僕へと向ける、可憐な微笑み。その全てが僕の胸をときめかせ、どぎまぎさせる。

 二人でいるところを顔見知りに見られたら嫌だな、といった懸念も、最初は小さくなかった。しかし今は、そんな些事は心底どうでもよくなっている。
 今。
 とにかく今が、一秒でも長く続いてほしい。

「あ」

 森さんの唇から小さな声がこぼれ、ローファーの歩みが止まる。半ば自動的に僕も歩くのをやめる。
 目の前には三叉路がある。道は右と左、正反対の方向へと伸びている。森さんは髪の毛を耳にかけ、その手で右方向に続く道を指した。

「私はこっち。新島くんは?」
「反対方向。ここでお別れだね」
「なんか、私ばかり喋ってたね。うざくなかった?」
「いや、全然。目的は、森さんに話してもらうことだったわけだから。もっと質問とかすればよかったかな」
「ンジャメナリプニツカヤをどのくらい知っているかのクイズ? それ、質問する側も難しそう」
「たしかにそうだね」

 小さく笑い合う。瞬間、あっ、これは青春だ、と気がつく。
 世間一般の高一男子からすれば、クラスメイトの女子と下校をともにするくらい、なんでもないことなのかもしれない。しかし僕は、普通の高一男子らしい学校生活を送っていない。だから、胸の奥から音もなく込み上げてくる感情は、馬鹿にならなかった。咄嗟に気を引き締めていなければ、客観的には奇声にカテゴライズされてもおかしくない声を発していたかもしれない。

 薄ら寒い日陰を歩いてきたからこそ、ンジャメナリプニツカヤに巡り合ったのだと思っていた。
 ンジャメナリプニツカヤに魅入られてしまったがために、人生の方向性が定まってしまったとも考えていた。

 しかし、それは早合点だった。勘違いだった。

 ンジャメナリプニツカヤを愛する森さんに出会えた。そして今、こんなにも幸福な気分でいる。
 森さんみたいな素敵な人も歩んでいる道が、日陰のはずがない。

「じゃあ、連絡先を交換しておこう。語りたいこと、まだまだあるし」

 異論があろうはずもない。僕たちは速やかに作業を完了させ、別れの挨拶を交わし、別々の道を進んだ。
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