僕は君を殺さない

阿波野治

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「九条さんは人付き合いが苦手だから、同類の僕なら話しかけやすいし、仲よくなれる可能性が高い。誰でもいいから友達が欲しいんじゃなくて、僕が孤独な人間だからこそ友達になりたかった。……最初はそう解釈したんだけど、そう結論づけるのはなにか違う気がして。さらに考えを進めているうちに、やっぱりその説は間違っているんじゃないかなって、考えが変わったんだ」

 ふむ、と、ほう、の中間のような声が九条さんの唇からこぼれた。ただ相槌を打っただけなのだろうが、そこはかとなく官能的な色調を帯びていた。

「だってその解釈だと、『君は私を殺すよ』っていうセリフを選んだ意味が分からないでしょ。だからやっぱり、そのセリフの意味を中心に考えていくべきだって、思い直したんだ。客観的に見て、僕は人を殺すような人間には見えないと思うんだよ。地味で、平凡で、よくも悪くも無味無臭で無害な生徒、みたいな認識を持つのが普通じゃないかな。じゃあなんで、『君は私を殺すよ』なんて言ったんだ? 予知能力とかなんとか言っていたけど、本当なのか? それともやっぱり、僕と仲よくなりたくて、関心を惹くために印象的なセリフを口にしただけ? 考えに考えた末に浮かんだのが、自殺の可能性だったんだ」

 極めて希薄ながらも、感情の揺らぎを仄めかせていたのだから、なんらかの反応が示されるはずだ。そんな予測とは裏腹に、九条さんは唇を閉ざしたままでいる。言葉の続きを待っているのだ。

「人付き合いが苦手ということと、同類の僕なら話しやすいと考えたこと、それは事実じゃないかと思ってる。最初の解釈と決定的に違うのは、動機だね。九条さんは僕と仲よくなりたいんじゃなくて、僕に殺してほしい。自殺したいと思っているけど勇気がないから、第三者の手で命を終わらせてほしいと願っている。それが『君は私を殺すよ』というセリフの意味。殺す人間に僕を選んだのは、自分と同類の匂いがして、要求を受け入れてもらいやすいと考えたから。……違うかな?」

 九条さんは僕から視線を外し、側頭部の髪の毛を二度三度とこめかみに撫でつけた。低い空を正視するその瞳は、思いのほか早く僕のもとに戻ってきた。

「考えるだけの価値があると判断したんだね。私のことや、あのセリフのことを」
「それはそうでしょ。九条さんは教室ではめったにしゃべらない、風変りな転校生だからね。下校途中にいきなりっていうタイミングが驚きだったし、セリフ自体も衝撃的だった」
「驚いたといえば、遠藤くんの解釈もそうね。私が自殺したがっているっていう解釈」
「僕の推理、当たってる?」
「当たっていてほしい? それとも逆?」
「僕の思い違いなら、もちろんそれに越したことはないよ。理由や事情がなんにせよ、命が失われるのはよくないことだからね。でも、残念ながら、そちらの可能性が高いんじゃないかって思ってる。九条さんはクラスで孤立しているし、独特の性格の持ち主でもあるから、そういう闇を抱えていても不自然ではないのかなって」

 孤独は人に死への憧れを抱かせる。僕は自身の経験からその教訓を得た。
 夫婦喧嘩が生き甲斐の両親。楽しいことなどなに一つない学校生活。夢も希望もない将来。こんな砂を噛むような日々から抜け出したい。されども、神の天啓は期待できない。金も、才能も、経験も、人脈もない遠藤裕也という人間に、自力で現状を打破するのは不可能。
 残された唯一の道は、自ら命を絶つこと。

 もちろん、死なずに済むのならそれに勝ることはない。生きて、絵に描いたような幸福な毎日を満喫したい。しかし、それは所詮夢物語の絵空事。救済案はそれしかないのだから、選択肢の一つとして真剣に検討してもいいのでは?
 そんな考えを巡らせたことが何度もある。九条さんが話しかけてくれた日だって、九条さんの一件がなければ、自死という選択に向き合う時間をとっていたはずだ。

 九条さんのことは、うっすらと、本当にうっすらとではあるのだが、自分と同類かもしれないと考えていた。ただ、その思いが濃度を増し、親近感やその他のポジティブな感情へと発展することはなかった。彼女が持つ特殊性を無視できなかったからだ。空気という普通ではない特徴こそ兼ね備えているが、平凡の範疇に属している僕とは、根本的に違う価値観と感性を持っている。それに基づいて行動した結果が、常日頃の無表情であり無言。そう認識していた。

 しかし、昨日の下校途中、九条さんの方から僕にコンタクトをとってきた。
 特殊だという意識は確固として存続しながらも、僕と九条さんは同類なのだ、という意識は刻々と深化していった。自ずと深まったし、意識的に深めていった部分もある。九さんは僕と仲よくなりたいと思っている、という解釈をしたことなどは、後者の筆頭だろう。
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