深淵の孤独

阿波野治

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稚拙な、しかし懸命の推理③

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 ダンボールで二重に包み隠し、クローゼットの最深部に押し込めただけでは安息から程遠いことは、今朝思い知った。摂氏三十度に肉薄する日も少なくなく、湿気が多いこの時季、腐敗とそれに伴う悪臭は遠からず問題になってくる。このまま半永久的に保管し続けるなど、絵空事だ。
 警察に自首するという案は、いの一番に放逐した。他人が切断した人間の頭部を持ち帰り、所持するのが法に触れる行為か否かは、法律に関する知識が皆無の僕には知る由もないが、法がどうこうではない。自首という行為は、まるで自分は加害者だと宣言しているかのようで、強い抵抗感を覚えるのだ。
 頭部を持ち帰るなどという異常行動を取ったのは、気が動転していたから。罪に問われるべきは、宮下紗弥加を殺し、頭部を切断し、校門の上に置いた殺人鬼だ。無実なのに悪人扱いされなければならないなんて、馬鹿げている。

 保管し続けるでも、名乗り出るでもない。そうなると、遺棄するしかない。
 今は見るも無惨な姿だが、歴とした宮下紗弥加の一部だ。捨てるという行動を取るのは、やはり躊躇いを覚える。僕はこれまでにニュースで、愛娘の無事を涙ながらに願う母親の姿を何回も見てきた。可能ならば、帰るべき場所へ帰してあげたい。常識的な倫理観を持つ人間として、その思いは当然ある。
 背に腹は代えられないとその感情を切り捨てたとしても、待ち受けているのは、遂行するのは容易ではないという酷薄な現実だ。捨てる場所はどこが適しているのか。そこでもう立ち止まってしまう。

 場所が決定したとしても、誰にも露見せずに運搬しおおせられるかは疑わしい。事件の影響により、警察によるパトロール態勢は強化されている。巡邏中の警察官の目に留まり、職務質問されて手荷物を検査されれば、一巻の終わりだ。頭部を持ち歩いているという意識から、少なからず挙動不審になってしまうだろうし、そもそも真夜中に野外をうろついている時点で、怪しむに値する人間だと自動的に見なされる可能性が高い。出歩いているのを発見された時点で、職務質問、手荷物検査、頭部発見、という流れは避けられないはずだ。
 奇跡的に遺棄に成功したとしても、誰かに発見される可能性は残る。犯行が発覚しないように祈りながら暮らす日々は、どんなに息苦しいだろう。そして、発覚したが最後、殺したのは僕じゃない、切断したのは僕じゃないと弁明したところで、頭部を棄てたのは紛れもない事実なのだから、相応の償いをしなければならなくなる。

 陰鬱に溜息をつき、椅子の背もたれに背中を預ける。耳障りな音が軋み、ホームセンターで安価で購入した商品だという事実を、頼みもしないのに思い出させてくれる。胸奥に隠蔽していた憂いがとめどなく流出し、胸中は瞬く間に暗灰色に満たされる。

 いっそのこと、邪魔をしたのは僕だと北山に打ち明けて、慈悲を乞おうか。頭部を返却した上で、「許してください」と頭を下げようか。そうも考えた。
 しかし、謝ったくらいで、残虐非道な殺人鬼が許してくれるとは思えない。それに、北山が犯人ではなかった場合、話が極めてややこしくなる。
 北山が犯人で、奇跡的に許してくれたとして、そのあとはどうなる? 頭部を持ち帰った事実を材料に脅迫され、北山の実質的な奴隷として日々を生きなければならない。北山が逮捕されるようなことがあれば、共犯と見なされる。そんな未来が訪れないとも限らない。
 僕はただ、気が動転するあまり過ちを犯してしまっただけだ。宮下紗弥加を殺害しても、切断しても、放置してもいないのに、刑務所に入れられて、世間から白眼視されて、人生を棒に振るだって? そんな未来はまっぴらごめんだ。

 しかし、警察に自首したことにより、周りの人間から犯罪者や精神異常者だと見なされるのは、耐え難い。
 だからと言って、頭部を保管し続ける道を選んだとしても、やがて腐敗し、悪臭を放つだろうから、結局は自首した場合と大同小異だ。

「――駄目だ」

 力強さが欠落した声が唇からこぼれた。
 八方ふさがりとはこのことだ。どの方向に進んでも行き止まりに突き当たってしまう。絶望感に侵され、新たな道を模索するための集中力を確保するのも難しい。

 椅子からベッドへと移動し、大の字に倒れ込む。
 遥かなる仮死状態を待ちながら、僕が辿り着く未来は既に決定されているかのような感覚を覚えていた。
 その未来が、具体的にどのようなものなのか、僕にとって望ましいものなのか否かは、努めて見極めようとはしないようにした。
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