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深淵の孤独④
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気持ちだけでも深々と頭を下げる。十秒待ってみたが、宮下紗弥加は反応を示さない。声が届いていないのか。届いてはいるが返事をしない、あるいはできないだけか。判断がつかない。
もう一度、全く同じ台詞をぶつけてみる。同じく無反応だった。使い回しは流石に誠意がなかったと反省し、言い回しを多少変えてみた。しかし、やはり、宮下紗弥加の対応に変化はない。
それでも、僕は彼女に話しかけ続けた。反応を待つ意味も込めて適時小休止を取りながら、実感としては殆ど絶え間なく。
これは最早、ある種の自慰行為なのではないか。ダガーナイフで少女を刺殺し、頭部を切断し、切断した頭部を中学校の校門に遺棄するよりも、遥かに悪質な行為なのではないか。こんなことをして、互いにとって何になるのだろう。
自らの振る舞いに対する疑問が生じた。しかし、喋ることが精神状態の安定に繋がっているのは、疑いようのない事実。
「相手の反応は気にせずに」と心に決めたではないか。語ろう。語り続けることを選ぼう。
ただし、話題は別のものにしたい。いくら被害者といえども、執拗に謝られれば不愉快な気持ちになる。それに、喋るという行為自体は僕の精神にとって薬だが、自らの欠点と向き合い、過去の所業に対する非を認め、謝罪する行為は、明確な毒だ。
宮下紗弥加が興味を持てるような、それでいて僕にとって語ることに意味がある、何らかの話題――。
熟考した結果、僕が殺されるまでの一部始終について語ることにした。
宮下紗弥加は純真無垢な七歳の女の子だ。血なまぐさい話に対する嫌悪感は当然あるだろうが、それを差し引いても、語るだけの価値があると僕は考えた。筧の告白によると、宮下紗弥加は殺人鬼と出会ってすぐに殺されている。それだけに、加害者の人となりや、自らの死後、事件がどのような展開を見せたのかといった事柄には、少なからず関心があるはずだ。
僕は語り始めた。朝の五時五十五分に目を覚ましたことに始まり、湖底に沈むに至るまで、可能な限り時間の流れに沿って。
実際に体験を語ってみると、様々な発見があった。人生で最も鮮烈な一連の体験だったにもかかわらず、曖昧になっていたり失念していたりする記憶も多々あったこと。繰り返し語ることによってそれらを思い出していったこと。頭部を持ち帰ってからの僕はとかく考え込みがちで、語っているうちに我ながらじれったい気持ちになったこと。
列挙すれば際限がない。よいことも、悪いことも、たくさんの発見があった。自分自身が体験した過去を語る行為は、少なくとも僕にとって意味があることだと、胸を張って断言できる。
僕は繰り返し語った。話せば話すほど無駄が省かれ、淀みなく話せるようになり、語りは洗練された。次第に上手く話せるようになっているという実感、それが快く、語り甲斐を感じる要因となった。
唯一、宮下紗弥加が何の反応も示してくれないのが不満だった。相手のことは気にするなと何度自らに言い聞かせても、その感情は拭えない。
彼女からのレスポンス欲しさに、語り口に工夫を凝らした。単語の選択、言い回し、声音、抑揚、声量。ありとあらゆる細部に気を配り、何度も何度も、自らが殺されたことについて語った。
涙ぐましい努力も虚しく、宮下紗弥加は一貫して沈黙を返した。
しかし、僕はめげない。
彼女が何らかの反応を示してくれたら、僕は成仏できる。いつしか、そんな考えを抱くようになった。
それでいて、目標を一刻も早く、何が何でも叶えたいがために必死になるのではなく、苦行に従事しているという意識や感覚もなく語り続け、
もう一度、全く同じ台詞をぶつけてみる。同じく無反応だった。使い回しは流石に誠意がなかったと反省し、言い回しを多少変えてみた。しかし、やはり、宮下紗弥加の対応に変化はない。
それでも、僕は彼女に話しかけ続けた。反応を待つ意味も込めて適時小休止を取りながら、実感としては殆ど絶え間なく。
これは最早、ある種の自慰行為なのではないか。ダガーナイフで少女を刺殺し、頭部を切断し、切断した頭部を中学校の校門に遺棄するよりも、遥かに悪質な行為なのではないか。こんなことをして、互いにとって何になるのだろう。
自らの振る舞いに対する疑問が生じた。しかし、喋ることが精神状態の安定に繋がっているのは、疑いようのない事実。
「相手の反応は気にせずに」と心に決めたではないか。語ろう。語り続けることを選ぼう。
ただし、話題は別のものにしたい。いくら被害者といえども、執拗に謝られれば不愉快な気持ちになる。それに、喋るという行為自体は僕の精神にとって薬だが、自らの欠点と向き合い、過去の所業に対する非を認め、謝罪する行為は、明確な毒だ。
宮下紗弥加が興味を持てるような、それでいて僕にとって語ることに意味がある、何らかの話題――。
熟考した結果、僕が殺されるまでの一部始終について語ることにした。
宮下紗弥加は純真無垢な七歳の女の子だ。血なまぐさい話に対する嫌悪感は当然あるだろうが、それを差し引いても、語るだけの価値があると僕は考えた。筧の告白によると、宮下紗弥加は殺人鬼と出会ってすぐに殺されている。それだけに、加害者の人となりや、自らの死後、事件がどのような展開を見せたのかといった事柄には、少なからず関心があるはずだ。
僕は語り始めた。朝の五時五十五分に目を覚ましたことに始まり、湖底に沈むに至るまで、可能な限り時間の流れに沿って。
実際に体験を語ってみると、様々な発見があった。人生で最も鮮烈な一連の体験だったにもかかわらず、曖昧になっていたり失念していたりする記憶も多々あったこと。繰り返し語ることによってそれらを思い出していったこと。頭部を持ち帰ってからの僕はとかく考え込みがちで、語っているうちに我ながらじれったい気持ちになったこと。
列挙すれば際限がない。よいことも、悪いことも、たくさんの発見があった。自分自身が体験した過去を語る行為は、少なくとも僕にとって意味があることだと、胸を張って断言できる。
僕は繰り返し語った。話せば話すほど無駄が省かれ、淀みなく話せるようになり、語りは洗練された。次第に上手く話せるようになっているという実感、それが快く、語り甲斐を感じる要因となった。
唯一、宮下紗弥加が何の反応も示してくれないのが不満だった。相手のことは気にするなと何度自らに言い聞かせても、その感情は拭えない。
彼女からのレスポンス欲しさに、語り口に工夫を凝らした。単語の選択、言い回し、声音、抑揚、声量。ありとあらゆる細部に気を配り、何度も何度も、自らが殺されたことについて語った。
涙ぐましい努力も虚しく、宮下紗弥加は一貫して沈黙を返した。
しかし、僕はめげない。
彼女が何らかの反応を示してくれたら、僕は成仏できる。いつしか、そんな考えを抱くようになった。
それでいて、目標を一刻も早く、何が何でも叶えたいがために必死になるのではなく、苦行に従事しているという意識や感覚もなく語り続け、
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