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湖畔の決戦⑤
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「行為の最中はとにかく必死で、楽しいとか、気持ちいいとか、そういう感じじゃなかったな。勿論、心は昂ぶっていたけど。殺したあとは、うわーやべーって感じで、感慨に浸るとかそんなんじゃなくて、とにかく遺体をどうにかしないとっていう思い、それだけだったね。で、手始めに首を切断してみることにした。持ち運びしやすくなるし、人間じゃなくて死体って感じになるから、気持ち的にも処理しやすくなるだろうと思ってね。結論から言うと、切断できたのはできたんだけど、洒落にならないくらい疲れたね。凄まじく疲れた。だから、これ以上遺体に手を加えるのは諦めて、一旦叢の中に隠して家に帰った。大きめのスポーツバッグを持って空き地まで引き返して、遺体を詰めて、どうしていいか分からなかったからもう一回帰宅。いつまでも隠し持っておくわけにはいかないから、どうにか処理しないといけないわけだけど、明日は学校があるから今日中に済ませておきたい。考えに考えた結果、昔友達と一回だけ遊びに行ったことがある髪尾山、あそこに湖があったのを思い出したから、その日のうちに足を運んで捨てたというわけ」
筧は相方の方を向き、歯茎ごと歯を露わにする。北山は頭部を膝の上に置き、公園で砂遊びをする幼い我が子を見守る母親のような眼差しで、筧の顔を見返す。
「頭を残しておいたのは、記念品として手元に置いておきたかったからなんだけど、見つかったら言い逃れできないし、いずれ腐るし、やっぱりお荷物だ。どうしたものかと考えていたら、インスピレーションが閃いた。そう、犯行声明文を髪の毛に結んで正門の上に放置するっていう、あれだ。精神異常者の犯行っぽく装えば、前科者とかに疑いが向くかなっていう計算もあったんだけど、正直に告白すると、そういう猟奇的な行為をやってみたかったっていうのが一番かな。というわけで、その日のうちに準備を整えて、夜中のうちに置くべき場所に置いたわけだけど、想定外の事態が起きるんだよ。そうだよな、北山?」
「リボンの鬼死」の二人は顔を見合わせ、息ぴったりに頷き合う。
「次の日、様子を見るために、眠いのを我慢して早朝に登校したら、置いてあったはずの首がないんだよ。発見者が通報済みなら警察が集合していてもいいはずなのに、誰もいないし。狐につままれた気持ちで教室へ行ったら、そこに我がクラスのミス空気・北山司ちゃんがいたわけですよ。こっちは体中から汗を垂れ流してるってのに、呑気に読書なんかしてやがる。この流れだと当然、北山の犯行を疑うだろ? 『校門にあった女の子の首はどうした』って問い質したら、『そんなものは知らない』って答えたんだ。驚いた様子も嘘をついている様子もなく、さらっと。焦ったどころの騒ぎじゃないね。何で単刀直入に訊いたかっていうと、百パーセント北山の仕業だと思ったからなんだけど、見事に外れ。こうなったら殺すしかないって思ったんだけど、驚くべきことに、北山は憎らしいまでに平然と、世にもぶっ飛んだ提案をしてきやがったんだ」
「『二人で協力して、女の子の頭部を取り返そう』って」
北山は頭部を自らの傍らに静かに置き、衣擦れの音を立てながらしとやかに起立する。突き刺さる視線が二倍になったことで、永久に立ち上がれないと瞬間的に確信したほどの圧力を感じた。踏み潰され、苦悶しながら死を待つだけの虫を見るような目で僕を見下ろしながら、北山は付言する。
「死んだ人間の頭部がどんなものなのか、個人的にとても興味があったから」
その一言を聞いて、一度は頭部を放置したにもかかわらず、回収を試みようとした謎が解けた。カラクリは単純だった。放置した人間と回収を願った人間が別だったのだ。
「と、いうわけで」
再び筧が喋り出す。
「頭がおかしい者同士、利害が一致しまして、二人組ユニット『リボンの鬼死』が晴れて誕生したってわけだ。ちなみに、リボンの鬼死っていうネーミングは、北山がいつも髪をリボンで束ねているのと、北山がその日読んでいた本が、手塚治虫の『リボンの騎士』だったことに由来するんだけど――どうでもいいよな、そんなことは。俺たちの最初の共同作業は、頭部を持ち去った人物を推理することだったんだけど、龍平、お前が学校を休んでくれたお陰で、取っ掛かりができて助かったぜ。まさか龍平が、とは思ったけど、人間、どんな本性を隠しているか分からないからな。とりあえず龍平が犯人だと仮定して、手を替え品を替え探りを入れてみることにしたわけだ」
「筧くんが火曜日の夕方に電話したの、楠部くんは覚えてる? あれは楠部くんの体調を心配したからじゃなくて、楠部くんに探りを入れるためだったの」
「話をしているうちに、これは怪しいぞって思ったね。で、水曜日に学校でちょっと事件に触れてみた時の反応で、犯人は龍平だって確信した。それから先は――」
「どうすれば頭部を取り戻すことができるか、試行錯誤の連続だった。主にアイデアを出したのは私だったんだけど、打ち出した策は、お世辞にもスマートとは言い難いものばかりだった」
「でもまあ、それは仕方ないんじゃない? 盗まれた頭部を取り返すための必勝マニュアルなんて、世の中には出回っていないわけだし。龍平は、俺よりは上等な頭の持ち主かもしれないけど、名探偵ではないからね。俺たちが多少ミスしたとしても、致命傷になるとは必ずしも限らない」
「終わりよければ全てよし、というところかしら」
「その通り」
「リボンの鬼死」は顔を見合わせ、親密ぶりを見せつけるように微笑み合う。
ああ、という、声にならない嘆息。
二人の表情や仕草を見ているうちに、僕の敗因を僕は理解していた。
筧は相方の方を向き、歯茎ごと歯を露わにする。北山は頭部を膝の上に置き、公園で砂遊びをする幼い我が子を見守る母親のような眼差しで、筧の顔を見返す。
「頭を残しておいたのは、記念品として手元に置いておきたかったからなんだけど、見つかったら言い逃れできないし、いずれ腐るし、やっぱりお荷物だ。どうしたものかと考えていたら、インスピレーションが閃いた。そう、犯行声明文を髪の毛に結んで正門の上に放置するっていう、あれだ。精神異常者の犯行っぽく装えば、前科者とかに疑いが向くかなっていう計算もあったんだけど、正直に告白すると、そういう猟奇的な行為をやってみたかったっていうのが一番かな。というわけで、その日のうちに準備を整えて、夜中のうちに置くべき場所に置いたわけだけど、想定外の事態が起きるんだよ。そうだよな、北山?」
「リボンの鬼死」の二人は顔を見合わせ、息ぴったりに頷き合う。
「次の日、様子を見るために、眠いのを我慢して早朝に登校したら、置いてあったはずの首がないんだよ。発見者が通報済みなら警察が集合していてもいいはずなのに、誰もいないし。狐につままれた気持ちで教室へ行ったら、そこに我がクラスのミス空気・北山司ちゃんがいたわけですよ。こっちは体中から汗を垂れ流してるってのに、呑気に読書なんかしてやがる。この流れだと当然、北山の犯行を疑うだろ? 『校門にあった女の子の首はどうした』って問い質したら、『そんなものは知らない』って答えたんだ。驚いた様子も嘘をついている様子もなく、さらっと。焦ったどころの騒ぎじゃないね。何で単刀直入に訊いたかっていうと、百パーセント北山の仕業だと思ったからなんだけど、見事に外れ。こうなったら殺すしかないって思ったんだけど、驚くべきことに、北山は憎らしいまでに平然と、世にもぶっ飛んだ提案をしてきやがったんだ」
「『二人で協力して、女の子の頭部を取り返そう』って」
北山は頭部を自らの傍らに静かに置き、衣擦れの音を立てながらしとやかに起立する。突き刺さる視線が二倍になったことで、永久に立ち上がれないと瞬間的に確信したほどの圧力を感じた。踏み潰され、苦悶しながら死を待つだけの虫を見るような目で僕を見下ろしながら、北山は付言する。
「死んだ人間の頭部がどんなものなのか、個人的にとても興味があったから」
その一言を聞いて、一度は頭部を放置したにもかかわらず、回収を試みようとした謎が解けた。カラクリは単純だった。放置した人間と回収を願った人間が別だったのだ。
「と、いうわけで」
再び筧が喋り出す。
「頭がおかしい者同士、利害が一致しまして、二人組ユニット『リボンの鬼死』が晴れて誕生したってわけだ。ちなみに、リボンの鬼死っていうネーミングは、北山がいつも髪をリボンで束ねているのと、北山がその日読んでいた本が、手塚治虫の『リボンの騎士』だったことに由来するんだけど――どうでもいいよな、そんなことは。俺たちの最初の共同作業は、頭部を持ち去った人物を推理することだったんだけど、龍平、お前が学校を休んでくれたお陰で、取っ掛かりができて助かったぜ。まさか龍平が、とは思ったけど、人間、どんな本性を隠しているか分からないからな。とりあえず龍平が犯人だと仮定して、手を替え品を替え探りを入れてみることにしたわけだ」
「筧くんが火曜日の夕方に電話したの、楠部くんは覚えてる? あれは楠部くんの体調を心配したからじゃなくて、楠部くんに探りを入れるためだったの」
「話をしているうちに、これは怪しいぞって思ったね。で、水曜日に学校でちょっと事件に触れてみた時の反応で、犯人は龍平だって確信した。それから先は――」
「どうすれば頭部を取り戻すことができるか、試行錯誤の連続だった。主にアイデアを出したのは私だったんだけど、打ち出した策は、お世辞にもスマートとは言い難いものばかりだった」
「でもまあ、それは仕方ないんじゃない? 盗まれた頭部を取り返すための必勝マニュアルなんて、世の中には出回っていないわけだし。龍平は、俺よりは上等な頭の持ち主かもしれないけど、名探偵ではないからね。俺たちが多少ミスしたとしても、致命傷になるとは必ずしも限らない」
「終わりよければ全てよし、というところかしら」
「その通り」
「リボンの鬼死」は顔を見合わせ、親密ぶりを見せつけるように微笑み合う。
ああ、という、声にならない嘆息。
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