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湖畔の決戦④
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「何でも答えてやるし、教えてやる。言ってみ」
「宮下紗弥加さんを殺したのは、ナオか」
「そうだよ。S中学校近くの空き地で刺し殺した。首を切って、犯行声明文を髪の毛に結んで、正門の上に放置したのも俺」
筧は悪びれる様子もなく、さらりと答えた。
「証拠が欲しいか? 記念撮影した写真があるから、まあ見てくれよ」
口の片端を吊り上げ、ジーパンのポケットからケータイを取り出す。手首のスナップを利かせて開き、何回かボタンを押し、画面を僕に提示する。
表示されていたのは、目を瞑った少女の青白い顔。この一週間、実物を何度も目にしてきたので、一目で宮下紗弥加だと分かった。筧と思われる男の手に髪の毛を鷲掴みされている。
「人を傷つけたい、刺したい、殺したい願望は昔から持っていたんだよ。ナイフを収集するのが趣味になった頃からね。人を刺したかったからナイフを集め始めたのか、ナイフを集めるようになってから人を刺したい願望が芽生えたのか。卵が先か鶏が先か、みたいなところがあるんだけど」
筧はケータイを閉じてポケットに仕舞うと、心持ち早口に語り始めた。顔全体が活き活きと輝き、心なしか肌艶さえよくなったように見える。
「特にそういう気分が強い時は、制服のポケットにナイフを忍ばせて登校していたんだよ。で、何食わぬ顔で学校生活を送りながら、誰を殺そうか考えるわけだ。特別支援学級のやつならやりやすいかな、とか。みんなから嫌われている教師を殺せば喜んでもらえて一石二鳥じゃないか、とか。グッさんや龍平だったらチャンスは作れそうだけど流石に疑われるよな、とか。これというターゲットを結局見つけられなくて、負け犬みたいにすごすごと帰るのがお決まりのパターンだったんだけど、あの日は特別殺したい気持ちが強くてね。日曜日で学校はなかったから、通学路じゃない道を歩いてターゲットを物色した。で、人通りの少ない道を歩いていたら、何たる幸運! 道の向こうから、簡単に殺せそうな人間がのこのこと歩いてきたんだ。もう分かるな? それが宮下紗弥加だったわけだ」
現在の筧の表情と声音は、趣味について語っている際のそれに似ているが、明確に異なる点が一つある。どす黒い感情が顔に滲み出ているのだ。早いテンポで送り出される言葉との相乗効果で、僕の中の恐怖が着実に勢力を伸ばしていく。
「俺は『空き地でコンタクトレンズを落としたので、探すのを手伝ってくれませんか』と声をかけた。見知らぬ男から声をかけられて、宮下紗弥加は当然のごとく俺を警戒したけど、『裸眼で見つけるのは難しいから、ぜひ一緒に探してほしい』って頭を下げたら、優しくて思いやりのある子なんだろうね、快く協力してくれたよ。コンタクトって、小さいし、割れやすいし、透明だろ。探すことに集中せざるを得ないから、隙だらけだったね。人は全然通らないし、殺すにはうってつけのシチュエーションだった。人を殺すのは初めてだから、流石に躊躇したけど、これを逃すと一生チャンスは回ってこないかもしれないと思うと、いてもたってもいられなくなってね。無防備な首にぶっ刺して、俯せに倒れたところを馬乗りになって首を何回か刺して、仰向けにひっくり返して心臓を刺して、脈が止まっているのを確かめて、はい完了。悲鳴は上げなかったから、最初の一撃で死んだんじゃないかな。多分だけど」
筧は確かに、人が不愉快になるようなことも平気で言う人間ではあった。しかし、あくまでも冗談としてであって、悪意があって口にするわけでは断じてない。聞き手の中に不快感を表明した者がいれば即座に謝罪し、おちょくるように同じ言葉を繰り返すことは決してなかった。お調子者ではあったが、空気を読める男でもあったので、誰かから憎悪されたり、激怒されたり、見放されたりすることはまずなかった。
その筧が、嬉々として殺人の模様を語っている。手柄を自慢するかのように饒舌に、七歳の女の子を自らの手で殺害した事実を報告している。
僕の目の前にいる男は、紛れもなく筧ナオだが、僕が知っている筧ナオではない。ただの異常者だ。異常極まる殺人鬼だ。
「宮下紗弥加さんを殺したのは、ナオか」
「そうだよ。S中学校近くの空き地で刺し殺した。首を切って、犯行声明文を髪の毛に結んで、正門の上に放置したのも俺」
筧は悪びれる様子もなく、さらりと答えた。
「証拠が欲しいか? 記念撮影した写真があるから、まあ見てくれよ」
口の片端を吊り上げ、ジーパンのポケットからケータイを取り出す。手首のスナップを利かせて開き、何回かボタンを押し、画面を僕に提示する。
表示されていたのは、目を瞑った少女の青白い顔。この一週間、実物を何度も目にしてきたので、一目で宮下紗弥加だと分かった。筧と思われる男の手に髪の毛を鷲掴みされている。
「人を傷つけたい、刺したい、殺したい願望は昔から持っていたんだよ。ナイフを収集するのが趣味になった頃からね。人を刺したかったからナイフを集め始めたのか、ナイフを集めるようになってから人を刺したい願望が芽生えたのか。卵が先か鶏が先か、みたいなところがあるんだけど」
筧はケータイを閉じてポケットに仕舞うと、心持ち早口に語り始めた。顔全体が活き活きと輝き、心なしか肌艶さえよくなったように見える。
「特にそういう気分が強い時は、制服のポケットにナイフを忍ばせて登校していたんだよ。で、何食わぬ顔で学校生活を送りながら、誰を殺そうか考えるわけだ。特別支援学級のやつならやりやすいかな、とか。みんなから嫌われている教師を殺せば喜んでもらえて一石二鳥じゃないか、とか。グッさんや龍平だったらチャンスは作れそうだけど流石に疑われるよな、とか。これというターゲットを結局見つけられなくて、負け犬みたいにすごすごと帰るのがお決まりのパターンだったんだけど、あの日は特別殺したい気持ちが強くてね。日曜日で学校はなかったから、通学路じゃない道を歩いてターゲットを物色した。で、人通りの少ない道を歩いていたら、何たる幸運! 道の向こうから、簡単に殺せそうな人間がのこのこと歩いてきたんだ。もう分かるな? それが宮下紗弥加だったわけだ」
現在の筧の表情と声音は、趣味について語っている際のそれに似ているが、明確に異なる点が一つある。どす黒い感情が顔に滲み出ているのだ。早いテンポで送り出される言葉との相乗効果で、僕の中の恐怖が着実に勢力を伸ばしていく。
「俺は『空き地でコンタクトレンズを落としたので、探すのを手伝ってくれませんか』と声をかけた。見知らぬ男から声をかけられて、宮下紗弥加は当然のごとく俺を警戒したけど、『裸眼で見つけるのは難しいから、ぜひ一緒に探してほしい』って頭を下げたら、優しくて思いやりのある子なんだろうね、快く協力してくれたよ。コンタクトって、小さいし、割れやすいし、透明だろ。探すことに集中せざるを得ないから、隙だらけだったね。人は全然通らないし、殺すにはうってつけのシチュエーションだった。人を殺すのは初めてだから、流石に躊躇したけど、これを逃すと一生チャンスは回ってこないかもしれないと思うと、いてもたってもいられなくなってね。無防備な首にぶっ刺して、俯せに倒れたところを馬乗りになって首を何回か刺して、仰向けにひっくり返して心臓を刺して、脈が止まっているのを確かめて、はい完了。悲鳴は上げなかったから、最初の一撃で死んだんじゃないかな。多分だけど」
筧は確かに、人が不愉快になるようなことも平気で言う人間ではあった。しかし、あくまでも冗談としてであって、悪意があって口にするわけでは断じてない。聞き手の中に不快感を表明した者がいれば即座に謝罪し、おちょくるように同じ言葉を繰り返すことは決してなかった。お調子者ではあったが、空気を読める男でもあったので、誰かから憎悪されたり、激怒されたり、見放されたりすることはまずなかった。
その筧が、嬉々として殺人の模様を語っている。手柄を自慢するかのように饒舌に、七歳の女の子を自らの手で殺害した事実を報告している。
僕の目の前にいる男は、紛れもなく筧ナオだが、僕が知っている筧ナオではない。ただの異常者だ。異常極まる殺人鬼だ。
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