52 / 59
湖畔の決戦④
しおりを挟む
「何でも答えてやるし、教えてやる。言ってみ」
「宮下紗弥加さんを殺したのは、ナオか」
「そうだよ。S中学校近くの空き地で刺し殺した。首を切って、犯行声明文を髪の毛に結んで、正門の上に放置したのも俺」
筧は悪びれる様子もなく、さらりと答えた。
「証拠が欲しいか? 記念撮影した写真があるから、まあ見てくれよ」
口の片端を吊り上げ、ジーパンのポケットからケータイを取り出す。手首のスナップを利かせて開き、何回かボタンを押し、画面を僕に提示する。
表示されていたのは、目を瞑った少女の青白い顔。この一週間、実物を何度も目にしてきたので、一目で宮下紗弥加だと分かった。筧と思われる男の手に髪の毛を鷲掴みされている。
「人を傷つけたい、刺したい、殺したい願望は昔から持っていたんだよ。ナイフを収集するのが趣味になった頃からね。人を刺したかったからナイフを集め始めたのか、ナイフを集めるようになってから人を刺したい願望が芽生えたのか。卵が先か鶏が先か、みたいなところがあるんだけど」
筧はケータイを閉じてポケットに仕舞うと、心持ち早口に語り始めた。顔全体が活き活きと輝き、心なしか肌艶さえよくなったように見える。
「特にそういう気分が強い時は、制服のポケットにナイフを忍ばせて登校していたんだよ。で、何食わぬ顔で学校生活を送りながら、誰を殺そうか考えるわけだ。特別支援学級のやつならやりやすいかな、とか。みんなから嫌われている教師を殺せば喜んでもらえて一石二鳥じゃないか、とか。グッさんや龍平だったらチャンスは作れそうだけど流石に疑われるよな、とか。これというターゲットを結局見つけられなくて、負け犬みたいにすごすごと帰るのがお決まりのパターンだったんだけど、あの日は特別殺したい気持ちが強くてね。日曜日で学校はなかったから、通学路じゃない道を歩いてターゲットを物色した。で、人通りの少ない道を歩いていたら、何たる幸運! 道の向こうから、簡単に殺せそうな人間がのこのこと歩いてきたんだ。もう分かるな? それが宮下紗弥加だったわけだ」
現在の筧の表情と声音は、趣味について語っている際のそれに似ているが、明確に異なる点が一つある。どす黒い感情が顔に滲み出ているのだ。早いテンポで送り出される言葉との相乗効果で、僕の中の恐怖が着実に勢力を伸ばしていく。
「俺は『空き地でコンタクトレンズを落としたので、探すのを手伝ってくれませんか』と声をかけた。見知らぬ男から声をかけられて、宮下紗弥加は当然のごとく俺を警戒したけど、『裸眼で見つけるのは難しいから、ぜひ一緒に探してほしい』って頭を下げたら、優しくて思いやりのある子なんだろうね、快く協力してくれたよ。コンタクトって、小さいし、割れやすいし、透明だろ。探すことに集中せざるを得ないから、隙だらけだったね。人は全然通らないし、殺すにはうってつけのシチュエーションだった。人を殺すのは初めてだから、流石に躊躇したけど、これを逃すと一生チャンスは回ってこないかもしれないと思うと、いてもたってもいられなくなってね。無防備な首にぶっ刺して、俯せに倒れたところを馬乗りになって首を何回か刺して、仰向けにひっくり返して心臓を刺して、脈が止まっているのを確かめて、はい完了。悲鳴は上げなかったから、最初の一撃で死んだんじゃないかな。多分だけど」
筧は確かに、人が不愉快になるようなことも平気で言う人間ではあった。しかし、あくまでも冗談としてであって、悪意があって口にするわけでは断じてない。聞き手の中に不快感を表明した者がいれば即座に謝罪し、おちょくるように同じ言葉を繰り返すことは決してなかった。お調子者ではあったが、空気を読める男でもあったので、誰かから憎悪されたり、激怒されたり、見放されたりすることはまずなかった。
その筧が、嬉々として殺人の模様を語っている。手柄を自慢するかのように饒舌に、七歳の女の子を自らの手で殺害した事実を報告している。
僕の目の前にいる男は、紛れもなく筧ナオだが、僕が知っている筧ナオではない。ただの異常者だ。異常極まる殺人鬼だ。
「宮下紗弥加さんを殺したのは、ナオか」
「そうだよ。S中学校近くの空き地で刺し殺した。首を切って、犯行声明文を髪の毛に結んで、正門の上に放置したのも俺」
筧は悪びれる様子もなく、さらりと答えた。
「証拠が欲しいか? 記念撮影した写真があるから、まあ見てくれよ」
口の片端を吊り上げ、ジーパンのポケットからケータイを取り出す。手首のスナップを利かせて開き、何回かボタンを押し、画面を僕に提示する。
表示されていたのは、目を瞑った少女の青白い顔。この一週間、実物を何度も目にしてきたので、一目で宮下紗弥加だと分かった。筧と思われる男の手に髪の毛を鷲掴みされている。
「人を傷つけたい、刺したい、殺したい願望は昔から持っていたんだよ。ナイフを収集するのが趣味になった頃からね。人を刺したかったからナイフを集め始めたのか、ナイフを集めるようになってから人を刺したい願望が芽生えたのか。卵が先か鶏が先か、みたいなところがあるんだけど」
筧はケータイを閉じてポケットに仕舞うと、心持ち早口に語り始めた。顔全体が活き活きと輝き、心なしか肌艶さえよくなったように見える。
「特にそういう気分が強い時は、制服のポケットにナイフを忍ばせて登校していたんだよ。で、何食わぬ顔で学校生活を送りながら、誰を殺そうか考えるわけだ。特別支援学級のやつならやりやすいかな、とか。みんなから嫌われている教師を殺せば喜んでもらえて一石二鳥じゃないか、とか。グッさんや龍平だったらチャンスは作れそうだけど流石に疑われるよな、とか。これというターゲットを結局見つけられなくて、負け犬みたいにすごすごと帰るのがお決まりのパターンだったんだけど、あの日は特別殺したい気持ちが強くてね。日曜日で学校はなかったから、通学路じゃない道を歩いてターゲットを物色した。で、人通りの少ない道を歩いていたら、何たる幸運! 道の向こうから、簡単に殺せそうな人間がのこのこと歩いてきたんだ。もう分かるな? それが宮下紗弥加だったわけだ」
現在の筧の表情と声音は、趣味について語っている際のそれに似ているが、明確に異なる点が一つある。どす黒い感情が顔に滲み出ているのだ。早いテンポで送り出される言葉との相乗効果で、僕の中の恐怖が着実に勢力を伸ばしていく。
「俺は『空き地でコンタクトレンズを落としたので、探すのを手伝ってくれませんか』と声をかけた。見知らぬ男から声をかけられて、宮下紗弥加は当然のごとく俺を警戒したけど、『裸眼で見つけるのは難しいから、ぜひ一緒に探してほしい』って頭を下げたら、優しくて思いやりのある子なんだろうね、快く協力してくれたよ。コンタクトって、小さいし、割れやすいし、透明だろ。探すことに集中せざるを得ないから、隙だらけだったね。人は全然通らないし、殺すにはうってつけのシチュエーションだった。人を殺すのは初めてだから、流石に躊躇したけど、これを逃すと一生チャンスは回ってこないかもしれないと思うと、いてもたってもいられなくなってね。無防備な首にぶっ刺して、俯せに倒れたところを馬乗りになって首を何回か刺して、仰向けにひっくり返して心臓を刺して、脈が止まっているのを確かめて、はい完了。悲鳴は上げなかったから、最初の一撃で死んだんじゃないかな。多分だけど」
筧は確かに、人が不愉快になるようなことも平気で言う人間ではあった。しかし、あくまでも冗談としてであって、悪意があって口にするわけでは断じてない。聞き手の中に不快感を表明した者がいれば即座に謝罪し、おちょくるように同じ言葉を繰り返すことは決してなかった。お調子者ではあったが、空気を読める男でもあったので、誰かから憎悪されたり、激怒されたり、見放されたりすることはまずなかった。
その筧が、嬉々として殺人の模様を語っている。手柄を自慢するかのように饒舌に、七歳の女の子を自らの手で殺害した事実を報告している。
僕の目の前にいる男は、紛れもなく筧ナオだが、僕が知っている筧ナオではない。ただの異常者だ。異常極まる殺人鬼だ。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説


サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
赤い部屋
山根利広
ホラー
YouTubeの動画広告の中に、「決してスキップしてはいけない」広告があるという。
真っ赤な背景に「あなたは好きですか?」と書かれたその広告をスキップすると、死ぬと言われている。
東京都内のある高校でも、「赤い部屋」の噂がひとり歩きしていた。
そんな中、2年生の天根凛花は「赤い部屋」の内容が自分のみた夢の内容そっくりであることに気づく。
が、クラスメイトの黒河内莉子は、噂話を一蹴し、誰かの作り話だと言う。
だが、「呪い」は実在した。
「赤い部屋」の手によって残酷な死に方をする犠牲者が、続々現れる。
凛花と莉子は、死の連鎖に歯止めをかけるため、「解決策」を見出そうとする。
そんな中、凛花のスマートフォンにも「あなたは好きですか?」という広告が表示されてしまう。
「赤い部屋」から逃れる方法はあるのか?
誰がこの「呪い」を生み出したのか?
そして彼らはなぜ、呪われたのか?
徐々に明かされる「赤い部屋」の真相。
その先にふたりが見たものは——。
絶海の孤島! 猿の群れに遺体を食べさせる葬儀島【猿噛み島】
spell breaker!
ホラー
交野 直哉(かたの なおや)の恋人、咲希(さき)の父親が不慮の事故死を遂げた。
急きょ、彼女の故郷である鹿児島のトカラ列島のひとつ、『悉平島(しっぺいとう)』に二人してかけつけることになった。
実は悉平島での葬送儀礼は、特殊な自然葬がおこなわれているのだという。
その方法とは、悉平島から沖合3キロのところに浮かぶ無人島『猿噛み島(さるがみじま)』に遺体を運び、そこで野ざらしにし、驚くべきことに島に棲息するニホンザルの群れに食べさせるという野蛮なやり方なのだ。ちょうどチベットの鳥葬の猿版といったところだ。
島で咲希の父親の遺体を食べさせ、事の成り行きを見守る交野。あまりの凄惨な現場に言葉を失う。
やがて猿噛み島にはニホンザル以外のモノが住んでいることに気がつく。
日をあらため再度、島に上陸し、猿葬を取り仕切る職人、平泉(ひらいずみ)に真相を聞き出すため迫った。
いったい島にどんな秘密を隠しているのかと――。
猿噛み島は恐るべきタブーを隠した場所だったのだ。
視える僕らのルームシェア
橘しづき
ホラー
安藤花音は、ごく普通のOLだった。だが25歳の誕生日を境に、急におかしなものが見え始める。
電車に飛び込んでバラバラになる男性、やせ細った子供の姿、どれもこの世のものではない者たち。家の中にまで入ってくるそれらに、花音は仕事にも行けず追い詰められていた。
ある日、駅のホームで電車を待っていると、霊に引き込まれそうになってしまう。そこを、見知らぬ男性が間一髪で救ってくれる。彼は花音の話を聞いて名刺を一枚手渡す。
『月乃庭 管理人 竜崎奏多』
不思議なルームシェアが、始まる。


龍神の巫女の助手になる~大学生編~
ぽとりひょん
ホラー
大学生になった中野沙衣は、探偵事務所?を開くが雇う助手たちが長続きしない。 沙衣の仕事のお祓いの恐怖に耐えられないのだ。 そんな時、高校性のころから知り合いの中井祐二が仕事の依頼に来る。 祐二は依頼料を払う代わりに助手のバイトをすることになる。 しかし、祐二は霊に鈍感な男だった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる