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方向性②
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『二通目のメッセージを君に送らなければならない事態になり、大変遺憾に思う。
結局、君は宮下紗弥加の頭部を返してくれなかったね。前回も書き記したように、あの頭部は私の所有物だ。あれは私の手元にあって然るべきであり、君には私にあれを返還する義務がある。要求を拒絶すればどのような処置を下すかを明示したにもかかわらず、拒絶したところを見ても、手元に置いておきたい思いは相当強いようだね。だが、それは私も同じだ。
殺してでも奪い返したい、と言いたいところだが、私は宮下紗弥加の頭部が現在ある場所を知らない。君を殺せば、頭部が永遠に手元に戻ってこない事態も想定される。私としてはそれは避けたいところだ。
そこで、取引といこう。
まず君は、宮下紗弥加の頭部、及び今まで私が書いた三通の手紙の全てを持参し、私が指定する場所まで返却しに来てほしい。そしてその場で、私の正体を一生涯何人にも明かさないと堅く誓ってくれたまえ。
引き換えに私は、今後殺人鬼として君や君と関わりのある人間に接しないと誓おう。そして、今後私が警察の手に落ちることがあったとしても、君が頭部を持ち去った事実は口外しないと約束する。
私からの提案を受け入れる意思があるならば、明日の午前十一時半、T市内にある髪尾山の湖で落ち合おう。
不平不満はあるだろうが、条件面については当日話し合って折り合いをつけるとしよう。
最高の日曜日になることを期待しているよ。
リボンの鬼死より愛を込めて』
眼前に光が差した。比喩でもなく、幻視でもなく、贋作でもない、正真正銘の光が。
「リボンの鬼死」の手によって、自分が、自分にとって大切な人が、殺されるかもしれない。
宮下紗弥加の頭部をどう処理すればいいかが分からない。
僕は二つの悩みに悩まされているわけだが、まさか、一石二鳥の解決策がこの世界に存在するとは思ってもみなかった。ましてや、「リボンの鬼死」から提案してくるなどとは。
そして、髪尾山。
この言葉を脅迫状の中に見出した瞬間、二つが一つに繋がった。黒塗りの人型のシルエットで表現されていた殺人鬼と、白い顔に無表情を貼りつけたクラスメイトが、寸分の狂いもなく輪郭を一致させた。
北山司=「リボンの鬼死」。
漸く一つの真実が明らかになった。だから僕の有利になる、ということではないが、不明確だった事実が明確になったことを素直に喜ばしく思う。気持ち的にも、僅かながらも前向きになれた。
甘言で誘い出し、頭部を回収し、用済みになった僕を殺す。
その未来を疑わなかったわけではない。むしろ、そう目論んでいる可能性が高いのではないか。
しかし、僕の気持ちは前のめりだった。高揚していた。果敢だった。
受けて立とう。
宮下紗弥加の頭部と「リボンの鬼死」とは無縁の暮らしに復帰するために。
*
『北山さん、こんばんは。家族以外の女の人とメールをする機会は全くないので、何だか緊張しますね。
さて、髪尾山行きの件ですが、僕も行くことに決めました。
待ち合わせ時間と待ち合わせ場所が決まっていませんが、北山さんはいつどこで待ち合わせると都合がいいですか?
提案なのですが、北山さんと話をする時は一緒に昼食を食べながらということが多いので、お弁当を持参の上で昼前に待ち合わせをして、湖を眺めながら昼食をとる、というのはどうでしょうか? 北山さんの推理では、女の子の死体が捨てられているということなので、食事をするには相応しくないかもしれませんが。
というわけで、待ち合わせ時間と待ち合わせ場所、決まったら返信をください』
『楠部くんが参加してくれて嬉しいです。
湖で昼食、いい案だと思います。昼食を持参して集合、ということにしましょう。
待ち合わせ時間と待ち合わせ場所ですが、T駅前にある踊り子のブロンズ像は分かりますか? あの前で午前十一時に、というのはどうでしょうか』
『時間と場所、了解しました。お弁当、忘れずに持っていきます。少し早いですが、おやすみなさい』
返信メールを打ち終わると自室を出た。明日の弁当を母親に依頼するためだったのだが、トイレから出てきた莉奈とたまたま出くわし、心が変わった。
手を洗う後ろ姿に向かって、明日の昼食に弁当を用意してほしい旨を伝える。行き先は「自然が豊かなところ」、相手は「異性の友人」と、詳細はぼかした。
莉奈は「えーっ!」と大仰な声を上げ、水道の栓を閉めて体ごと振り向いた。その顔は、脚色のない驚き一色に包まれている。
「それってデートってこと? 凄いじゃん」
「凄くないよ。その子とは学校で何回か一緒にお昼を食べたことがあって、それで誘ってもらっただけだから」
「そうだったんだ。お兄ちゃんにそんな関係の女の人がいるなんて、全然知らなかった」
「学校だけの付き合いだからね。莉奈が想像しているよりも親しくないよ」
「でも、デートはデートでしょ。お弁当作り、超重要だね」
昼食を共にすることをこちらから提案した動機は、我ながら曖昧だ。こちらから何か提案することで、北山の言いなりにはならないという意志を遠回しに示したかった。懸案が解決する目途が立った気の緩みが、能天気な提案をさせた。いくつか考えられるが、気紛れ、という解答が案外最も正解に近いかもしれない。
「そういうわけだから、協力してくれる?」
「勿論! たくさんのおかずを作るのって大変そうだけど、何とかなると思うし、絶対に何とかするから」
「悪いな。まだ金を返してないのに、また借りを作って」
「気にしないで。頑張って作るから、楽しみにしておいて」
生死をかけた決戦に臨むにあたり、弁当という楽しみでもないと、心が折れてしまうから。約束を交わしたあともなおも続く、デート相手の女子に関する莉奈の追及をのらりくらりとかわしながら、それが真の理由なのかもしれないと思う。
呑気に弁当を食べる余裕が果たしてあるのか、それは別にして。
結局、君は宮下紗弥加の頭部を返してくれなかったね。前回も書き記したように、あの頭部は私の所有物だ。あれは私の手元にあって然るべきであり、君には私にあれを返還する義務がある。要求を拒絶すればどのような処置を下すかを明示したにもかかわらず、拒絶したところを見ても、手元に置いておきたい思いは相当強いようだね。だが、それは私も同じだ。
殺してでも奪い返したい、と言いたいところだが、私は宮下紗弥加の頭部が現在ある場所を知らない。君を殺せば、頭部が永遠に手元に戻ってこない事態も想定される。私としてはそれは避けたいところだ。
そこで、取引といこう。
まず君は、宮下紗弥加の頭部、及び今まで私が書いた三通の手紙の全てを持参し、私が指定する場所まで返却しに来てほしい。そしてその場で、私の正体を一生涯何人にも明かさないと堅く誓ってくれたまえ。
引き換えに私は、今後殺人鬼として君や君と関わりのある人間に接しないと誓おう。そして、今後私が警察の手に落ちることがあったとしても、君が頭部を持ち去った事実は口外しないと約束する。
私からの提案を受け入れる意思があるならば、明日の午前十一時半、T市内にある髪尾山の湖で落ち合おう。
不平不満はあるだろうが、条件面については当日話し合って折り合いをつけるとしよう。
最高の日曜日になることを期待しているよ。
リボンの鬼死より愛を込めて』
眼前に光が差した。比喩でもなく、幻視でもなく、贋作でもない、正真正銘の光が。
「リボンの鬼死」の手によって、自分が、自分にとって大切な人が、殺されるかもしれない。
宮下紗弥加の頭部をどう処理すればいいかが分からない。
僕は二つの悩みに悩まされているわけだが、まさか、一石二鳥の解決策がこの世界に存在するとは思ってもみなかった。ましてや、「リボンの鬼死」から提案してくるなどとは。
そして、髪尾山。
この言葉を脅迫状の中に見出した瞬間、二つが一つに繋がった。黒塗りの人型のシルエットで表現されていた殺人鬼と、白い顔に無表情を貼りつけたクラスメイトが、寸分の狂いもなく輪郭を一致させた。
北山司=「リボンの鬼死」。
漸く一つの真実が明らかになった。だから僕の有利になる、ということではないが、不明確だった事実が明確になったことを素直に喜ばしく思う。気持ち的にも、僅かながらも前向きになれた。
甘言で誘い出し、頭部を回収し、用済みになった僕を殺す。
その未来を疑わなかったわけではない。むしろ、そう目論んでいる可能性が高いのではないか。
しかし、僕の気持ちは前のめりだった。高揚していた。果敢だった。
受けて立とう。
宮下紗弥加の頭部と「リボンの鬼死」とは無縁の暮らしに復帰するために。
*
『北山さん、こんばんは。家族以外の女の人とメールをする機会は全くないので、何だか緊張しますね。
さて、髪尾山行きの件ですが、僕も行くことに決めました。
待ち合わせ時間と待ち合わせ場所が決まっていませんが、北山さんはいつどこで待ち合わせると都合がいいですか?
提案なのですが、北山さんと話をする時は一緒に昼食を食べながらということが多いので、お弁当を持参の上で昼前に待ち合わせをして、湖を眺めながら昼食をとる、というのはどうでしょうか? 北山さんの推理では、女の子の死体が捨てられているということなので、食事をするには相応しくないかもしれませんが。
というわけで、待ち合わせ時間と待ち合わせ場所、決まったら返信をください』
『楠部くんが参加してくれて嬉しいです。
湖で昼食、いい案だと思います。昼食を持参して集合、ということにしましょう。
待ち合わせ時間と待ち合わせ場所ですが、T駅前にある踊り子のブロンズ像は分かりますか? あの前で午前十一時に、というのはどうでしょうか』
『時間と場所、了解しました。お弁当、忘れずに持っていきます。少し早いですが、おやすみなさい』
返信メールを打ち終わると自室を出た。明日の弁当を母親に依頼するためだったのだが、トイレから出てきた莉奈とたまたま出くわし、心が変わった。
手を洗う後ろ姿に向かって、明日の昼食に弁当を用意してほしい旨を伝える。行き先は「自然が豊かなところ」、相手は「異性の友人」と、詳細はぼかした。
莉奈は「えーっ!」と大仰な声を上げ、水道の栓を閉めて体ごと振り向いた。その顔は、脚色のない驚き一色に包まれている。
「それってデートってこと? 凄いじゃん」
「凄くないよ。その子とは学校で何回か一緒にお昼を食べたことがあって、それで誘ってもらっただけだから」
「そうだったんだ。お兄ちゃんにそんな関係の女の人がいるなんて、全然知らなかった」
「学校だけの付き合いだからね。莉奈が想像しているよりも親しくないよ」
「でも、デートはデートでしょ。お弁当作り、超重要だね」
昼食を共にすることをこちらから提案した動機は、我ながら曖昧だ。こちらから何か提案することで、北山の言いなりにはならないという意志を遠回しに示したかった。懸案が解決する目途が立った気の緩みが、能天気な提案をさせた。いくつか考えられるが、気紛れ、という解答が案外最も正解に近いかもしれない。
「そういうわけだから、協力してくれる?」
「勿論! たくさんのおかずを作るのって大変そうだけど、何とかなると思うし、絶対に何とかするから」
「悪いな。まだ金を返してないのに、また借りを作って」
「気にしないで。頑張って作るから、楽しみにしておいて」
生死をかけた決戦に臨むにあたり、弁当という楽しみでもないと、心が折れてしまうから。約束を交わしたあともなおも続く、デート相手の女子に関する莉奈の追及をのらりくらりとかわしながら、それが真の理由なのかもしれないと思う。
呑気に弁当を食べる余裕が果たしてあるのか、それは別にして。
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