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方向性①
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北山と共に湖まで行って殺されるか。
誘いを拒んで生き残るか。
こう並べてみると、僕が採択するべき選択肢は歴然としているように思えるが、実際にはそう単純な話ではない。北山は、僕を殺すために湖に行こうと誘ったわけではないかもしれないからだ。
逆に、湖行きを拒めば絶対に生き残れるわけでもない。北山は、誘いに応じなかった罰として僕を殺すかもしれないからだ。
命令に従えば殺される。拒めば殺されない。あくまでもその確率が高いと予想されるだけで、結果は蓋を開けてみなければ分からない。
僕はどちらを選ぶべきなんだ?
髪尾山から帰宅して以降、僕はずっと椅子に座り、ひたすら思案を巡らせている。思案しても一向に答えが見えてこないが、答えを得られていない現状を肯定することができず、思案し続けざるを得ないが故に。
僕は十四年の人生で、重要な選択を一度として誤らなかった。結果、平凡な中学二年生として現在も生存している。
間違いを全く犯さなかったわけではない。割合で言えばむしろ、そちらを選んだことの方が多かった。ただ、文字通り致命的な選択ミスは一度として犯さなかった。それこそが、現在も生を続けられている最大の要因だ。
しかし、今回の二者択一は趣きが違う。選択を誤れば、自動的に死という運命が待ち受けている予感がする。
そして、なぜなのだろう。どちらを選ぶのも間違っている気がしてならないのは。
さらには、死に通じる未来を回避したとしても、「リボンの鬼死」との繋がりを保ち続ける限り、折に触れて同質の二者択一を突きつけられるおそれがある、という事実からも目を背けてはならない。
僕の脆弱な精神力では、到底受け止めきれる圧力ではない。二つの選択肢のメリットとデメリットを吟味するだけの精神的な余力はなく、自らが置かれた状況をただ悲観し、悲嘆し、絶望するばかり、というのが実状だ。
僕はどうすればいい? どちらを選べばいいんだ?
頭部を持ち帰って以来、自問自答ばかりしている。助けてくれる人がいないから、頼れる人がいないから、必然的にそうなる。
僕は、孤独だ。
椅子を軋ませてクローゼットに向き直る。冷凍してあるとはいえ、殺されてから六日が経つ。面と向かう勇気はなく、ドア越しに問いかける。
宮下紗弥加さん、君はどうするべきだと思う? 僕はどうすれば、君のような目に遭わずに済むと思う?
耳を傾けたが、返事が僕のもとまで届くことはない。
今まで散々物質扱いをしてきたのだから、僕に味方をしてくれないのも無理もないな。
物憂い疲労感の中、そう思った。
*
刻一刻と時は過ぎ去る。窓越しに見えた紫がかった夕焼けは、世界終焉の早すぎる前触れのようだ。
逃避の誘惑に屈服し、別世界へと旅立ちかけた意識は、玄関ドアが開く音を聞き取った瞬間、くそったれな現実世界に鋲で留められる。続いて耳まで届いたのは、ただいま、という莉奈の声。そういえば昼食時に、午後から友達の家に遊びに行くと言っていた。
不要な外出は控えろと言ったのに、あいつは。
妹を非難する気持ちが芽生えたが、所詮は形式的なものに過ぎない。心の底から危機感を覚えていたならば、一家揃っての席で午後の予定を莉奈が口にした時点で、不賛成の意を示していたはずだ。
「お兄ちゃん」
足音が部屋の前で止まり、ノックの音と妹の声が僕を呼んだ。ドアを開けると、莉奈が無言で白い封筒を差し出してきたので、受領する。
一隅に直線的な赤字で記名された「楠部龍平様へ」の六文字が、「リボンの鬼死」からの二通目のメッセージだと伝えている。
莉奈の視線が僕に注がれている。淡く憂えていると言えばいいのか、微かな憤りを抑圧していると言えばいいのか、仄かに苦しんでいると言えばいいのか。思うところが確実にある、何か言いたそうな顔つきだ。桃色の唇は今にも思い切りよく開かれ、秩序ある言葉の羅列を送り出しそうに見える。
しかし、口を噤んで兄に背を向け、自室へと帰った。
莉奈は恐らく、直線的な赤字で宛名が綴られた郵便物が、短期間で二通も届いたことを気がかりに思っているのだろう。悪戯を超えた代物かもしれないと疑っているのだろう。
説明する必要性を感じたが、僕の意識は妹ではなく脅迫状に向かっている。
動揺を悟られないように静かにドアを閉める。落ち着き払った足取りでベッドまで行って腰掛け、深呼吸を一つしてから開封する。案の定入っていた脅迫状を、冒頭から黙読する。
誘いを拒んで生き残るか。
こう並べてみると、僕が採択するべき選択肢は歴然としているように思えるが、実際にはそう単純な話ではない。北山は、僕を殺すために湖に行こうと誘ったわけではないかもしれないからだ。
逆に、湖行きを拒めば絶対に生き残れるわけでもない。北山は、誘いに応じなかった罰として僕を殺すかもしれないからだ。
命令に従えば殺される。拒めば殺されない。あくまでもその確率が高いと予想されるだけで、結果は蓋を開けてみなければ分からない。
僕はどちらを選ぶべきなんだ?
髪尾山から帰宅して以降、僕はずっと椅子に座り、ひたすら思案を巡らせている。思案しても一向に答えが見えてこないが、答えを得られていない現状を肯定することができず、思案し続けざるを得ないが故に。
僕は十四年の人生で、重要な選択を一度として誤らなかった。結果、平凡な中学二年生として現在も生存している。
間違いを全く犯さなかったわけではない。割合で言えばむしろ、そちらを選んだことの方が多かった。ただ、文字通り致命的な選択ミスは一度として犯さなかった。それこそが、現在も生を続けられている最大の要因だ。
しかし、今回の二者択一は趣きが違う。選択を誤れば、自動的に死という運命が待ち受けている予感がする。
そして、なぜなのだろう。どちらを選ぶのも間違っている気がしてならないのは。
さらには、死に通じる未来を回避したとしても、「リボンの鬼死」との繋がりを保ち続ける限り、折に触れて同質の二者択一を突きつけられるおそれがある、という事実からも目を背けてはならない。
僕の脆弱な精神力では、到底受け止めきれる圧力ではない。二つの選択肢のメリットとデメリットを吟味するだけの精神的な余力はなく、自らが置かれた状況をただ悲観し、悲嘆し、絶望するばかり、というのが実状だ。
僕はどうすればいい? どちらを選べばいいんだ?
頭部を持ち帰って以来、自問自答ばかりしている。助けてくれる人がいないから、頼れる人がいないから、必然的にそうなる。
僕は、孤独だ。
椅子を軋ませてクローゼットに向き直る。冷凍してあるとはいえ、殺されてから六日が経つ。面と向かう勇気はなく、ドア越しに問いかける。
宮下紗弥加さん、君はどうするべきだと思う? 僕はどうすれば、君のような目に遭わずに済むと思う?
耳を傾けたが、返事が僕のもとまで届くことはない。
今まで散々物質扱いをしてきたのだから、僕に味方をしてくれないのも無理もないな。
物憂い疲労感の中、そう思った。
*
刻一刻と時は過ぎ去る。窓越しに見えた紫がかった夕焼けは、世界終焉の早すぎる前触れのようだ。
逃避の誘惑に屈服し、別世界へと旅立ちかけた意識は、玄関ドアが開く音を聞き取った瞬間、くそったれな現実世界に鋲で留められる。続いて耳まで届いたのは、ただいま、という莉奈の声。そういえば昼食時に、午後から友達の家に遊びに行くと言っていた。
不要な外出は控えろと言ったのに、あいつは。
妹を非難する気持ちが芽生えたが、所詮は形式的なものに過ぎない。心の底から危機感を覚えていたならば、一家揃っての席で午後の予定を莉奈が口にした時点で、不賛成の意を示していたはずだ。
「お兄ちゃん」
足音が部屋の前で止まり、ノックの音と妹の声が僕を呼んだ。ドアを開けると、莉奈が無言で白い封筒を差し出してきたので、受領する。
一隅に直線的な赤字で記名された「楠部龍平様へ」の六文字が、「リボンの鬼死」からの二通目のメッセージだと伝えている。
莉奈の視線が僕に注がれている。淡く憂えていると言えばいいのか、微かな憤りを抑圧していると言えばいいのか、仄かに苦しんでいると言えばいいのか。思うところが確実にある、何か言いたそうな顔つきだ。桃色の唇は今にも思い切りよく開かれ、秩序ある言葉の羅列を送り出しそうに見える。
しかし、口を噤んで兄に背を向け、自室へと帰った。
莉奈は恐らく、直線的な赤字で宛名が綴られた郵便物が、短期間で二通も届いたことを気がかりに思っているのだろう。悪戯を超えた代物かもしれないと疑っているのだろう。
説明する必要性を感じたが、僕の意識は妹ではなく脅迫状に向かっている。
動揺を悟られないように静かにドアを閉める。落ち着き払った足取りでベッドまで行って腰掛け、深呼吸を一つしてから開封する。案の定入っていた脅迫状を、冒頭から黙読する。
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